気温や風や湿度で季節を感じるように、彼女の仕草や表情、声の調子に隠された感情の波音に耳を澄ませていく。
リビングのソファに座って難しい顔で携帯電話の画面を睨みつけていた。
……最近、彼女の様子がおかしい。
俺といるにも関わらず、携帯電話に触る機会が増えたのだ。
前触れもなく突如起こった彼女の行動の変化。
その意図を探るために、ゆっくりと彼女の頬に触れた。
わざと彼女の耳に指先が当たるように撫でる。
ひく、と小さく肩を震わせたものの、真っすぐに目線を合わせたまま俺の手を受け入れた。
「なに?」
「んー……」
すりすりと耳の先端を指で擦ると、身を捩りはするものの、手を払いのけられることはない。
俺に触れられることは携帯電話よりも優先事項らしく、安堵した。
「ツンとしててかわいいなあと思って」
耳の輪郭はきれいな弧を描いているのに、本当に先端だけちょんと尖っている。
まさに人間に擬態した妖精である。
「は?」
「いえ、あなたではなくあなたのお耳の先っちょです」
穏やかな瞳で俺を映していた眼差しが、急にギンっ、と急に鋭く変わったから、爆速で弁明した。
彼女自身がツンとしていることには違いないだろ、という本音は隠しておく。
「その言い方やめて」
唇まで尖らせる彼女はいたって普段と変わらない。
だからなおのこと、手から離れない携帯電話に意識がいった。
「やめてほしいのは、言い方だけですか?」
「はあ? さっきからなに言っ……っ、びゃあっ!?」
パクッと耳を食んだらとんでもない声量で叫ばれた。
「ねえっ!? 急に舐めるのやめっ、て!」
真っ赤な顔でぷりぷりとされても、全く、少しも、1mmも怖くない。
むしろその顔で言われると逆にやめたくなくなってしまうのだが、せり上がってくる嗜虐心は今はしまっておいた。
「別にいいですけど」
「あ……」
やめろって言ったのそっちのクセに。
離れたら離れたで物欲し気に瞳をうるうるさせて見上げてくるから始末が悪すぎる。
俺の物申したい視線に気づいたのか、彼女は慌ててわずかに宿った熱を隠した。
「スマホ、やめてくれたらいいですよ?」
「ん? スマホ?」
「最近、ずっと見てますよね? 誰かからの連絡でも待ってるんですか? まさか、俺と別れたいとか思ってます?」
「えっ!? 全然違うよっ!?」
観念したのか、今度は彼女が俺の耳に口元を近づけてきた。
ふたりきりなのに、内緒話でもするかのように「実は」なんて前置きをされる。
消え入りそうな震えた声に、聞き逃してはいけないと耳を澄ました。
ぽそぽそと耳打ちした彼女の言葉に、限界まで目が見開く。
見下ろしたときには、彼女は既に羞恥に染まった顔を両手で隠していた。
「お、覚えてるかわかんないけど……そっちが言ったんだからね!?」
彼女の感情の波音は、きっと心拍の速さと同期している。
ずっと彼女の手の中で抱えられていた携帯電話は、ソファの上に転がっていた。
『波音に耳を澄ませて』
7/6/2025, 2:39:45 AM