樽沢

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猫なんて、拾わなければ良かった。
一人暮らしで猫なんて飼ってれば友達の呑みにも気軽に行けない。

少しほっといたって猫は寂しくないよ

なんて友達は言うけど、捨てられてたこの子がどんな気持ちであの段ボールの中に居たかなんて人間の私には分からない。
ずっと寂しい思いをしてたんじゃないかって思ってしまったって仕方がない。

この子を拾った時、私も寂しかったのだ。

仕事も上手くいかずに、婚約していた相手の浮気が分かって、友達とも喧嘩して…

私とこの子は寂しいもの同士

名前は特に付けなかった。
1人と1匹だけの生活で、必要ではなかったから。

ここ数日、具合が悪そうなこの子を最寄りの動物病院へ連れて行って、名前を書く欄でパタリと手が止まる。
看護師さんは、「拾ってきたばかりなら名前が無いのは仕方がないから、次までにお名前を決めてあげてください」って言うけど、この子との生活ももう5年が経つ。

名前、なんて必要だろうか。
名前なんて付けてしまえば…

「ただの風邪ですね。お薬出しますので1週間後また様子を見せに来てください。他に、お困り事はございますか?」

1週間。
それまでにこの子の名前を決めなきゃいけないのかと心がザワついた。

「…名前って、決めなきゃいけないんですか」

ふと口から零れた言葉にお医者さんは少し驚いた顔をしたが、すぐに優しく笑った。

「どうしても名前を決めたくないなら、それはそれでいいですよ。…ただ、これから、ずっと、この子が歳をとるまで傍にいるのは貴女です。この子には貴女しか居ません。名前はこの子がこの世に生まれた時に最初に貰うプレゼントですから、無いよりはあった方が素敵だと思いませんか?」

病院から出ると疲れたのかこの子はケージの中で丸まって眠っていた。
真っ青な雲ひとつない晴天を見上げて、ふと思いつく名前を口に出す。

にゃー

と、眠たげな目でそれでいて嬉しそうに見える表情で鳴くこの子に、これから、ずっと呼び続けるであろう名前を付けた。

4/9/2024, 4:48:48 AM