雨だった。
いや、雨じゃないけども。
この世界にそもそも『雨』とか『夜』とかそういうものは存在しない。ここにあるのは『晴天の昼』だけで。
でも雨だった。正確に言えば、ボクの肩の天気が雨だった。
演奏者くんの顔色が特にいつも変わらないな、なんて思ってしまったのが原因である。
冗談を言うと怒ることはあっても、悲しそうな顔を見たことがない。だから一回悲しませそうと思った。
それで「グランドピアノが壊れた」とか「今日来た迷い子が進んで住人になった」とか言ってみたものの全然顔色一つ変えなかったから、半ばやけになって「ボク、もうすぐ死ぬんだ」なんて言ってしまって。
そしたらやけに動揺したから面白くなっちゃって、「あとどんくらい生きられるか分からない」「もしかしたら今日死ぬかも」なんて言ったらボクのこと急に抱きしめて泣き出した。
そんなわけで、肩の天気は雨である。
「なんでそんなに泣いてんの」
ボクがそう声をかけても全然返答はない。
悲しそうな顔は見たかったけど、泣いて欲しかった訳じゃなくて、少し見て楽しんだあとに「冗談だよ〜」なんて茶化して終わりにしようと思ったのに。この雰囲気で冗談なんて言ったらそれこそ本当に命がなくなりそうだ。
演奏者くんは急にガバッと離れると言った。
「死んじゃやだ」
ガキか? 子供なのか? 迷い子が言いそうなセリフを吐くな、演奏者くん。
「死んじゃやだよ。どうやったら死なない? どうやって食い止めればいい?」
それ、本当に死んじゃうと思って言ってるのか? 食い止められるもんだと本当に思ってるのか?
「⋯⋯⋯⋯死んじゃうなんて、ダメだよ」
「ダメとかダメじゃないとかで判別できる様なもんじゃないよ。あと、冗談」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯へ?」
「冗談。もうシャレになんない冗談は言わないようにするから」
そう返すと、演奏者くんはキョトンとした顔をした。そのまま少し考えたあとに言った。
「⋯⋯⋯⋯そんな嘘はつかないで」
「分かりましたぁ」
「死ぬなんて言わないで」
「分かった分かった」
「絶対だよ」
なんか子供っぽい嫌がり方するな⋯⋯とボクは思った。
5/25/2024, 1:50:55 PM