Day.36_『揺れる羽根』
秋の星空が綺麗な日に、俺は縁側に座っていた。この時期の月は、どの形をしていても綺麗だ。
「キレイだね、月」
隣に座る彼が言う。
「そうだな」
俺は、静かに答える。すると、彼は続ける。
「君の羽根も綺麗だよ」
「……どーも」
俺は、素っ気なく返事をする。彼は、俺とこうして話している時は、いつも言う。俺の羽根は、もう飛ぶことすらできなくなってしまった。あの白かった羽根も、もうその面影を残していないくらい、黒く染まってしまった。こんな、汚れた羽根がどこがキレイだと言うのだろうか。
「君の羽根は、夜と相性が良いんだ。本当に綺麗だよ」
「俺の羽根は、汚れている。キレイなんかじゃねぇ」
「そんなことないよ」
彼は、静かに俺の背中に生えた羽根を触ってくる。骨の部分に触れる度、彼の温もりが伝わってくる。優しい、温もりだ。
「君の羽根は、汚れてなんかいない。ほら、空の星々が映っているよ?」
「羽根に反射する効果はねぇよ。どんな素材でできてると思ってるんだ」
「えっ?うーん……ガラスとか?」
「訊いた俺が馬鹿だった……」
「あはは!やーい、バーカ!」
「……殴りてぇ」
楽しそうに、愉快に笑っている彼。その様子に俺は、複雑な心境を覚えていた。
「……なぁ」
「ん?」
俺は、訊いてみることにした。
「お前は、いいのか?」
「何が?」
キョトンとした様子で聞き返してくる彼。俺は、少し遠慮がちに続けた。
「お前は、純粋な人間だ。俺みたいな、化け物に命を捧げる必要なんて無いだろ……寿命も、短いのに」
「………」
そう、彼は人間。本来、俺のような化け物なんかと一緒に過ごしてはならない。しかも、俺は化け物の中でも人間を食糧としている種族。普通なら、共に居てはならない存在だ。
しかし、彼はそれを選ばなかった。
「君を、『化け物』だなんて、一度も思った事ないよ」
「………」
「君は、僕を孤独から救ってくれた恩人だ。あの日、死のうと思っていた僕を止めてくれたのは、紛れもない、君だった。そうでしょ?」
「それは、そうだが……」
俺は、言葉に困る。すると、彼はニコッと笑いながら続けた。
「自分の命を救ってくれた恩人を『化け物』だなんて、思うはずがないよ。それも、『君が飛べなくなるリスクを背負って助けてくれた』ってなれば、余計に、ね?」
「………」
「……それに」
「それに?」
彼は、俺の羽根を優しく触りながら呟いた。
「君に、身を捧げることで恩返しができているのなら、安いもんだよ。綺麗な羽根も見れるし」
「…っ!」
彼の、その言葉に嘘はなかった。ただ、純粋に、そう思っているのが分かった。
「……本当に、綺麗だ」
「………」
うっとりとした表情で、俺の羽根を触る彼。それは、どこまでも優しく、温かかった。
「……ありがとな」
「……こちらこそ」
俺は、静かに羽根を揺らしながら、空を眺めていた。
秋の、少し欠けた月が、俺達を照らしていたのだった。
10/25/2025, 2:42:37 PM