久住弥生

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今回の「帰省」だが、陽菜にはもう一つの目的がある。
高校時代の後輩と会うこと。約3年ぶりだ。
2年間毎日のように顔を合わせていたのに、卒業すると途端に会わなくなった。連絡すらとっていなかった。
そんな彼から、先日急に、陽菜の叔父夫婦の営む喫茶店でアルバイトを始めたと報告があった。久しぶりに会おう、と。

「うちで会えばいいのに」と叔母は言う。
後輩も、バイト上がりに店で…と言っていたが即座に断った。自分の家で、家族に見守れながら、何の話ができるのか。恥ずかしすぎる。とは後輩にも叔母にも言えず。
「うちの店にはいつでも行けるから」と、理由をつけて、駅の裏手の飲み屋街から、ゆっくりできそうな店を予約した。

待ち合わせは、駅前のバスロータリーだ。
それなりに行き交う人の波を避け、階段のそばで、陽菜は待っている。
陽は落ちたとは言え、まだまだ空気が蒸し暑い。

何本かバスを見送った。乗客が駅へと去っていくのを眺めていくと、後ろから声をかけられた。
「佐倉!」
どきりと心臓が跳ねる。毎日聞いていたはずの声なのに、呼ばれる名前がむず痒い。振り向くと、彼が立っていた。あの頃と、何も変わらない。でも、制服でないのが、少し違和感。
「佐倉陽菜、久しぶりだな」
「…いや、何でフルネーム?」
「下の名前も知らないって、お前が怒ったんだろ」
後輩はニッと笑った。そんなことも、あったかしら。
「私もちゃんと覚えてるよ。一彰。萩野一彰」
顔を指さして言うと、一彰は満足そうに頷いた。
「…よし、早速移動するか」
そういうと、一彰は、さっさと進んでいく。

気構えていたよりもずっとスムーズに再開ができてホッとしつつ、陽菜は一彰と並んだ。
少し見上げると、一彰のほほに汗が伝うのが見えた。

「私の名前」

7/21/2023, 12:50:12 AM