踏青

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 もし、涙が人目のつかない所で流されるものであるなら、人が泣いているポートレートは、"人に見せるため"の意図的な行為なのではないか。
 もし、泣いている人を美しいと思うならば、それは仮面を外しているからであり、仮面を被っていても、それを美しいと感じるのか。
 もし、その涙が偽りであるならば、その欺きに騙され、その涙を受容してあげよう。
 悲しさは常に真であるとは言えない。しかし、その理性を超越した感覚こそ、実存に触れえることが可能ではないか。触れるとはそういうものではないのか。

3/7/2026, 11:01:35 AM