「雨を好きになりましょう。」
結露で曇った窓に、指で書き置いてあった。
外は雨が降っている。
銀色の、細くて冷たい小雨が。
小さなカフェの店内に、他のお客は誰もいない。
ロウソクの芯をゆっくりと燃やしながら、ちろちろと焔が揺れている。
先月の猛暑が嘘のように寒かった。
空調の清掃中で、まだ暖房が使えないという店内の空気は、秋雨の張り詰めた冷たさを閉じ込めていた。
空気の冷たさに肩をすくめ、ブラックのホットコーヒーを一口すする。
アンティークの燭台の上で、ロウソクの焔がとろとろ揺れている。
私には、皆が言うような焔はなかった。
怒りが燃え上がったり、喜びすぎて羽目を外したり、そうやって、感情が大きく膨れることが、なかったのだ。
しかし、今日に限っては、私は、大きすぎる感情を持て余していた。
悲しみは、後から後からこんこんと湧き出て、私を満たし続けていた。
何か特別なことがあったわけではない。
ただ、親友が自殺しただけのことだったのだ。
賢くて物静かだったけど、その内側には確かに激しい感情を持っていた人だった。
専門的な知識を持つ人からすれば、見当はずれの理論ばかり考えていたようだけど、私はそんな突飛な話をする親友が好きだった。
突然、なんの跡形もなく消えた親友は、しかし、書き置きだけは律儀に、関わった人たち分、残していた。
私宛の書き置きにはこうあった。
「私は永遠になるつもり。きっと探してね。」
親友がそうと決めたことはいつもそうなった。
消えない焔のような執念深さで、親友はいつでも、最終的には自分の想いを叶えるのだった。
想いや願いが出てこない私とは対照的に。
だから、私は悲しみに暮れる間も無く、永遠になったはずの親友を探していた。
けれど、冷たい秋雨に降られて、慌てて雨宿りに入ったカフェで暖房が壊れていて、一人で凍えたこの期に及んで、私は急に悲しみでいっぱいになったのだ。
隣で、雨や不運に憤慨してくれるあの子がいないことが、ひどく寂しくなった。
しかも悪いことに、この悲しみはいつまでもちろちろと燃え続けて、消えてくれなかった。
親友の消えない焔が、燃え盛る大火とすれば、私のものは燻っている程度だったけど。
それでも、親友の消えない焔の火種が、私に移ったみたいだった。
久々の大きな感情を持て余して、私はコーヒーを啜った。
ロウソクの焔がゆらゆらと揺れていた。
雨はもう、あがりはじめていた。
10/27/2025, 10:30:37 PM