やさか

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 あの頃、ちょっとばかりつるんでいただけの君を探すのに、僕は現実のどこへ行くこともできず、記憶の海に潜る。
 水によく似た、しかし水ではない思い出の揺らめきの中、頬に触れる、あの日の湿った風のにおい。カーテンの布地の上に留まっていた灰色の光。何処かの誰かが、誰かを呼ぶ声。でかいばかりで薄汚れた机を前に、パイプ椅子をキイキイと鳴らしていた君。
 君に会えるのは、もうここでだけだな。
 よう、と彼の肩に触れる。俺と全く同じ体温をしている。もう、体温のことは忘れたから。
 振り返る君の、やっほ〜、という気の抜けた声。その言い方は分かるのに、どんな声だったか、もう思い出せない。人は声から忘れるらしいから。
 君は今、どこにいるんだろう。僕の声は、君だってきっと忘れただろうけれど。
 まだ思い出せるかな。思い出す瞬間があるだろうか。
 僕を探して記憶の海に潜る日が、一日くらいは。

 #君を探して

3/14/2025, 7:34:55 PM