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『空模様』


「傘を返してくれ」
下駄箱で、くすくすと笑う“男”と“女”を見てそう言った

時間は放課後。昼間はカンカンに晴れていたのに、今は雨が音を立てて降っていた。天気予報では一日中晴れ間が続くと言われていたので傘を持ってきた奴はおれの他に少しだけだった。
皆んなも占いぐらいすれば良いのに。心の中でそう思いながら教室から出る。
家で朝と夕と夜、少なくとも計3回はタロットカードの結果で物事を決めている。それに、占いの結果が外れたことなんてないから親も何も言ってこない。いや、そもそも親なんて自分にはいるようでいないものだから違うかもしれない。
前に学校でタロットカードを取り出したら周りの奴らに盗られそうになったから学校では占いができない。
親なんて呼ばれたら今日食べるご飯もなくなる。別にご飯なんて出されたことないけど。おれは昔からお婆様に育てられてきたから、自分の母にあたる女の作った飯の味など知らない。

ぐるぐると要らない思考が入ってくるのを頭を振って忘れようとする。下駄箱に着き、自分の靴を取り出して傘を取ろうとするが、そこにはあるはずの自分の傘がない。周りをキョロキョロと探すが、やはり見つからない。
誰かに隠されたか、それともなくしたか。
暫く探していると、後ろからクスクスと複数の笑う声が聞こえた。やっぱりか、そう思いながら後ろを振り返ると、いつもと同じ顔ぶれだ。
化粧の濃い、汚い女
爪が長くて、おれのカードを奪った女
口が汚く、うるさい男
髪色が汚く、下品極まりない男。
嫌になるほど憂鬱な気分になる。見てるだけで気が滅入るようなこんな下品な集団に自分のものを触られたと考えるだけで吐き気がする。

「傘を返してくれ」

そう言うが、やはり嘲るかのようにこちらをニヤニヤと見ながら笑う。気持ち悪い。

「あれは、おれの大切な物だ。返せ」

少しだけ語気を強くする。あの傘は、おれの爺様から貰った、いわば形見のような物だったから。
すると、そいつらおれの反応が気に入らなかったのか、ズカズカとおれに近づいて胸ぐらを掴む。

『#/@tjegP@mxpaWjp@!!』

何を言っているんだろう。聞く気がないから何を言っているのか分からない。こいつらの言う言葉は聞く価値もないので、おれが聞くとよく分からなくなる。
おれの胸ぐらを掴んできたやつは、右手で拳を作り、振りかぶっておれの左頬を殴った。
唇の端が切れて血が流れる。目にも当たったせいでちかちかする。
それでも尚、そいつらを睨みつけていると、そいつらの後ろから見慣れた奴がそいつらをバットで殴りつけた。
死んではいないだろうが、気絶はしているだろう。そう思いながら襟を直す。

バットで後ろから殴りつけた奴は、おれの家の近くに住んでいる。いわゆる不良だが、成績優秀で家庭科が得意だ。同じくそいつとつるんでいる真っ赤な紅色をした男も、不良だが勉強ができる。
というか、何故こいつらここにいるのだろうか。ここは市の北にある高校なのだが、こいつらの学校は南にあるのだ。

『おい、お前なんでまた絡まれてんだよ。殴ればいいだろーが。馬鹿が。』

『大丈夫か?これ、傘。お前のだろ?』

傘を受け取り、礼をして帰路につく。
あいつらはバイクの二人乗りで帰って行った。


今の空模様は晴れ。先ほどの雨は天気雨のようだ

8/19/2024, 2:33:04 PM