ふじこさんの家には一年に一度訪れる。
マイちゃん、いらっしゃい。真っ赤なワンピースの裾をひらひらとさせながら奥の座敷からふじこさんが歩いてきた。
広々とした立派な玄関には、柱時計のカチリカチリという音と、畳と足先の擦れる音しか聞こえない。三月の空気は、しんと張りつめていた。
応接間に通されると、わたしは持ってきたものをふじこさんに手渡した。
ふじこさんはそれを大事そうに受けとって、テーブルの中央に広げた真っ白な布の上に置いた。
「たしかにお預かりしました。このことは忘れてもいいし、忘れなくてもいい。また必要になったときはうちに来てちょうだい。それはあなたの自由だから」
ふじこさんの元には、いろんなところからいろんな物が集まってくる。
女たちの、おもてには出せない類のことにまつわる色々なものが。
そのような個人で所有するには大きすぎるけれども、簡単には手放してはいけないものが、世の中にはある。
そういうものをふじこさんは「預かり屋」として預かっていた。
預かったものは動物の骨と一緒に絹糸をクルクルと何重にも巻きつけて、繭玉にされて天井までとどくような大きな棚にぎっしりと並べられた。
そしてそのような棚が、広い屋敷のいたるところにあった。
ふじこさんは時々、繭玉を取り出しては埃をはらったり、絹糸をさらに巻いたりしてカタチを整えたりした。まるで自らの子を育てるように。
「この子たちが、ゆっくり眠る場所が今は必要なのよ。」そう言ってふじこさんは優しく繭玉をさすった。
わたしは今日の事をどれだけ覚えているのだろうか。
去年、ここに持ってきたものの事をわたしは忘れている。
脳裏によぎった影を追いかける勇気はわたしにはなかったのだ。
わたしはいつか繭玉を開ける時がくるのだろうか。
夢を見続ける繭玉を想いながら、グルグルと渦巻いた心のうちに身をまかせる自分を、少し疎ましく思った。
11/10/2024, 3:56:44 AM