しののめ

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 近くに置いていたスマホが突然震える。
 
 限定イベント中のゲームの体力が満タンになったのか、と思い、渋々片手に取り、電源ボタンを軽く押す。

 『お疲れ様〜最近どう?』

 ゲームの通知ではなくてメッセージの通知だった。友人からのものだ。何だあいつかよ、と思いながらも僕はスマホを両手に持ち替え、返信文を打つ。

 『お疲れ様。仕事は普通。そっちはどんな感じ?』
 『マジか。俺も仕事はまずまず。ていうか閑散期。それはそうとさ』

 僕が返信をするとすぐに返信が飛んできた。早過ぎる、と思っていたら今度はスマホが鳴り始めた。友人からである。

 『おつかれ!メッセ送ちまったけど、やっぱり直の方が良いかなって思ってかけた!今時間大丈夫か?」
 「おつかれ。うん、そんな気がしてたよ……今家でゲームしていたけど大丈夫」
 「ああ家に帰ってたんだな、良かった。どうしてもお前に聞いてほしくてさ」

 スマホの向こうで友人が何やら神妙な声色になっている。友人とは昔からの付き合いだが、あまり悩みや相談事はなかったので、珍しく何かあったのだろうか。恋愛相談とか、結婚、とか、はたまた家族に何かあった、とか?

 『実は……』
 「実は?」
 『なーんと、俺、猫を飼い始めました』

 尚も深刻な様子で、友人は告げる。

 …………ねこ?

 『いやほら仕事帰りにさ、道歩いていたら、段ボールにいるのを見つけちまってさ……古い毛布にくるまって震えていたから、つい、引き取っちまったってわけ』
 「そうなんだ可哀想に。それで君の賃貸はペット同居は大丈夫なの?」
 『そこは幸いにも!ペット可の部屋だったからセーフなんだけど。ただ俺、今までペットとか飼ったことなくて……ってこら!お前』

 友人の声が少し遠くなってゴッという音がした。突然通話モードからリモート画面になる。画面の向こうには小さな黒い子猫がこちらを不思議そうに覗き込んでいた。

 『悪い、バタバタして』
 「うわ可愛い……じゃなかった、この黒猫が拾ったコ?」
 『え?何で黒って分かるんだ……ってリモートになってる。そうそう今はとりあえず綺麗に暖かくさせているんだけど何食わせたら良いか分からなくて』
 「今から色々買って君の家に行くよ」
 
 こんな可愛いコが友人の近くにいるなんて羨まけしからん……ではなくて、純粋に飢えてしまわないか心配なだけで、決してあわよくば愛でたいからという下心からではない。

 『おい今からって、時間大丈夫かよ……?』
 「大丈夫大丈夫全然電車は動いているし」
 『お前の変な行動力がこええよ……まぁ気をつけて来いよな』

 今の僕には圧倒的に癒しが足りない。今やっているゲームも好きなキャラがメインのイベントだが、最早天秤にかけるまでもなかった。僕は財布と定期を素早く手に取り、子猫には何が良いか考えながら友人の住むアパートへと急ぐのであった。
 
【子猫】

11/15/2024, 11:35:19 AM