迷路のように広い神社の中を、少女は裸足のままひたすらに走り続ける。息も絶え絶えで素足はぼろぼろになり、服のそこかしこに草や枝が絡みついている。それでも足を止めてはならない。必死に前だと思われる方角に逃げ続けた。
「はぁ……はぁ……ッ…」
ピキっ、と嫌な音がして足裏に何か刺さったような痛み。数歩歩いてその場に膝から崩れ落ちる。後ろを見れば赤い液体がぽたぽたと付いていた。見てしまったが故に、認識してしまったが故により痛みが鋭く増す。
「にげ、ない、と…」
一言。自分に言い聞かせる様にポツリと呟くと、少女は聳え立つ大木に寄りかかりながら立ち上がる。そしてゆっくり、ゆっくりと歩み始めた。
鳥居が遠くに見える。大きな大きな神社の門。彼処まで行けば、きっと。少女の口元に僅かな笑みが浮かび、傷を負った足を引きづりながら門へ近づく。
手を伸ばせば鳥居に手が届く。ぱちりと瞬きをした次の瞬間。
少女の目の前に広がったのは、母親の優しい微笑みだった。
「駄目でしょう。貴女は神の使いになるのよ。何処へ行こうとしたの」
「……っ、……」
息すら漏れない。喉からは何も発せられなかった。足の痛みも無くなっている。服も整っている。少女は何度目かの光景に、溜息すら出なかった。
様々な生き物が我々を崇め奉り、信仰している。信じている者がいる間は、少女に意思などない。…意思など持ってはならない。
「貴女。何度も言っているでしょう」
呪文のような、呪いのような言葉をまた聞くことになってしまった。何度も何度も言われて聞き慣れて覚えてしまった言葉。
…そう、私は、
此処から、逃れられない。
『逃れられない』
5/23/2024, 10:29:05 AM