詩歌 凪

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 涙

 冬が終わった。
 日差しが暖かく大地に降りそそぎ、蕾はほころび、雪は溶けた。
 わたしは、そのやわらかな優しさに対して、ふんっとそっぽを向いた。一体何が違うのやら、わたしの季節である月と涼風の秋は春よりも劣るらしい。絶対にそんなことないと思うのだけれど。
 わたしが歩くと、若草はいっせいに少し冷たい風にそよいだ。
 春は秋から一番遠い。だから、わたしの力も少し弱い。
「あ⋯⋯」
 前を見ると、広大な地の果てに吹きすさぶ雪と厚い厚い雲が見えた。あのひとは今日も、春を奪われて吹雪の中を一人彷徨っている。あの地はずっと雪が積もり、北風が荒れ狂い、悲しみと虚無の帷に閉ざされている。
 春は意地悪だ。彼に、この温もりを分け与えてあげたらいいのに。なんて。
 春にもどうしようもないことはわかっている。
 わたしの周りを小さな紅葉が、ひらひらとはらはらと無常に舞っている。
 涙が出るほど切ない春の匂いの中、わたしは立ちすくんだ。遠い冬のあなた。巡る季節からはぐれ、涙すら凍る冷たい世界を、たった一人で孤独に歩き続けるあなた。
 春が意地悪なら、わたしはなんなのだろう。
 冬を生み出したのは、このわたしだ。
 遥か昔、遠い遠い太古の時、繰り返す輪廻と循環に霞んだ記憶の向こうで、わたしは。

 あなたの凍った涙を溶かして拭ってくれる人は、どこまで歩けば見つかるのだろう。

3/29/2025, 11:34:14 AM