「たくさんの想い出」という題名の泉を展示しているという美術館にやって来た。
高めの入場料を支払って、彼はゲートをくぐる。
道中の、細々としたつまらない展示品に興味はない。
油絵の風景画、木組みの工芸品、よくわからない彫刻。
それらについて、思索の時間を取らず、横切っている。
数分後、外に出た。
中庭のような、建物と建物の間にある広がりだった。
メインの展示品は、ただの水たまりではなかった。
泉に注ぎ込む水路がいくつか設置してある。
上から俯瞰すれば、星形の頂点が外側に延長されたような感じである。
水路は五つあった。ちょろちょろと、水路を流れる水の流れは外側から内側へ。つまり五つの水路が、直接中央にある一つの泉へ注ぎ込まれている。
水路といっても、そう大層なものではない。
パイプを横にスライスしたようなものである。
家の屋根にある、雨樋みたいな。
そのような大きさでしかない。
そんな飛び越えられる程度の大きさでしかない小さな水路を、いくつもの小洒落た渡し板が掛けられていた。
渦を巻くような、泉の周りを周回させる感じである。
柵はないから、そのままショートカットするように、ぴょんと飛んで、中心を目指した。
泉に到着しての感想、意外と池だな。
直径は五メートル程度。
だが、遠くから見たほうがよかったと後悔する。
至る所に苔のような暗い緑が敷き詰められているし、汚い沼のような、ぷんとしたニオイを解き放っている。
泉は乾いているようにしか見えなかった。実際、三センチもないだろう。
なんだ、5600円が無駄になった。どうしてくれよう。
憤怒の感情を剥き出しにして、きりりと引き返そうとした。
彼が来たところから、車椅子の人がいた。こちらにやってくるようだ。
付き添いの人が押してくれるタイプで、車椅子に座っている人は女性だった。
制服を着ていた。とても若い人。
子どもだろう。小学生? わからない。
そのような華奢な体つき。
車椅子でも彼のようにショートカットできそうなものだった。しかし、車椅子の人は順路通りに従った。
泉を回るようなゆったりとした試み。
沈黙であった。彼は立ったままでいた。
彼女もまた沈黙だった。手押し車に乗せられたか弱い小動物のように、身体をじっと固めていた。
彼女を眺めていると、いつの間にか怒っていたことなんて忘れて、時計の一周を感じさせた。
人物像の輪郭が分かるようになると、座った彼女の目は閉じていた事が分かった。
やがて、車椅子と付き添いの人――どちらも女性だった――が泉に到着した。
付き添いの人は車椅子を固定したあと、一歩二歩下がって佇む。車椅子の彼女は深呼吸して、
「いい香りです。スイレンが咲いていますね?」
彼女は嗅覚にすぐれた。
付き添いの人は「ええ」と頷き、じっくり鑑賞していた。その後、「たくさんの想い出」という泉に付けられた題名について、議論を交わしている。
彼は、どこにスイレンがあるのか、細い目をさらに細めて泉の範囲を探している。
書き忘れたが、彼は極度の近視である。鼻もバカな方である。学もない。
11/19/2024, 9:58:38 AM