初音くろ

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今日のテーマ
《お祭り》





電車を降りると、微かに祭囃子の音が聞こえてきた。
そういえば駅の近くに車両の通行止めやバス停の迂回を示す立て看板が出ていたな、と思い出す。
毎年この時期になると駅前で開催されている地元の祭りだ。

駅のロータリーには屋台が並び、中央ではやぐらが建ってその周辺をぐるりと囲んで盆踊りをしたりする。
屋台は定番のもの以外にも、地元の商店が店先で自店の料理などを売っていたりもする。
駅から少し進んだ先の公園では簡易の舞台が設置されて喉自慢大会もやっていたはずだ。

今日は親が留守だから夕飯はコンビニ弁当か何かにしようと思っていたけど、屋台で何か買って食べてもいいかもしれない。
コンビニ弁当よりは高くつくかもしれないが、久しぶりに地元の祭りを楽しむのもいいだろう。
どうせ駅前のコンビニは、祭り仕様で弁当なんてあるかどうか分からないことだし。

そんなことを思いつつ、並んでいる屋台を端から物色していく。
例えば同じお好み焼きの屋台でも、店によって混み具合は大きく異なる。
味はそう変わるものでもないと思うから、立地や価格、それに具材の良し悪しなどで判断しているのだろう。

人気が高いのはやはり食べ物を扱う店だろう。
定番の粉モノや、肉系の串、やきそばなどはどこも盛況だ。
俺もまずは腹ごしらえとばかりに、焼きそばとお好み焼きを買った。

ガードレールに寄りかかりながら、まだ熱々のそれをハフハフいいながら食べる。
そう、これこれ。
冷静に味だけで判定するなら明らかに家で作ったものの方が美味しいはずなのに、祭りという非日常の場で食べると不思議と美味く感じてしまう。

とりあえず軽く腹が満たされたところで次は何を食おうかと視線を走らせていると、背後からポンッと肩を叩かれた。
振り返ると、そこには中学の頃の同級生の姿があった。
紺地に大きな白い花が描かれた浴衣が涼しげだ。

「久しぶりだね」
「おう、そっちも元気そうじゃん」
「うん、元気だよ」

にこにこと屈託なく笑うその顔は覚えているそのままなのに、なぜか妙に色気を感じてしまうのは浴衣のせいだろうか。
それとも、いつもは無造作に後ろに1つで縛られていた髪が、今日は可愛らしく纏められていて、白いうなじが露わになっているせいだろうか。
はたまた、中学で毎日顔を合わせていた時とは違い、薄く化粧が施されているからだろうか。

どちらかといえば大人しめで、あまり目立たないタイプの女子だった。
賑やかな友人のそばで、いつもにこにこ笑っていた印象が強い。
なのに、今、俺の目の前にいる彼女は、あの頃よりずっと大人びて見える。
最後に会ったのは卒業式だからほぼ4ヶ月ぶりだけど、たった4ヶ月で女子ってやつはこんなにも変わってしまうのかと密かに驚いてしまう。

「誰かと一緒に来たの?」
「いや、1人。来たっていうか、駅下りたら祭りやってたから、せっかくだから見てくかってノリ。そっちはいつもの連中と?」
「ううん、今日は妹と来てたの。でも、さっき妹が友達とばったり会って、そのまま一緒に回るって言うから……」

ちらりと彼女が視線を向けた先につられて目をやると、よく似た面差しの少女が同年代――俺らより2つ3つ年下っぽい――女の子達とスマホの画面を覗き込みながら笑っていた。
その様子が、何だか中学の頃の彼女を彷彿とさせて、思わず懐かしさに顔が綻んでしまう。

実を言うと、中学の頃、俺は彼女のことが好きだった。
告る勇気はなかったから、単なる同級生のまま卒業してしまったが、そのこと自体に悔いはない。
だけど、こんな風にばったり会って、隣に彼氏の姿がなかったことに安堵するくらいにはまだ未練があったらしいと思い知る。

「じゃあ……独り者同士、一緒に回る? あ、いや、もちろん無理にとは言わないけど!」

咄嗟にそんな言葉が口を突いて出てしまったのも、きっとその未練の為せる業なんだろう。
もっと気の利いた誘い文句が言えればいいんだろうけど、経験値も何もかも足りてない俺にはこれが精いっぱいで。
暑さのせいばかりでなく、一気に顔が火照ってくる。

だけど彼女はそんな風にキョドる俺に引いたりすることもなく、満面の笑みで頷いてくれた。
ほんのり頬が染まってるように見えるのは――いやいや、さすがにそれは自惚れすぎだろ。
気温はまだまだ30℃以上あるし、屋台や人の熱気で暑いだけだよな。

そうして俺達はそのまま連れ立って一緒に祭りを楽しんだ。
まるでデートしてるみたいだ、なんて浮かれてた俺が、彼女から「実は中学の時から好きだったんだ」と告白されるのは、それからもう数十分後のこと。





7/29/2023, 9:27:55 AM