薄墨

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ほら、目の下を蝿が這い回っているだろう?
マジで死んだんだ、俺は。
ああ、そこのテーブルの皿には、マカロニチーズピザが張り付いている。食べたけりゃ食べると良い。
そこのグラスには、炭酸の抜けた、甘ったるいコークが、日光に晒され続けている。こっちを腹に入れることはおすすめしない。

「まだ見ぬ世界へ!」
見ろよ。
この状況を描写するってなら、
「一字一字切り抜かれた新聞の切れ端が厚紙の上で組み合わさって、詐欺まがいの新世界があることを主張し続けていた。」ってとこか?

君が、そうしてやってきた街は、現実と人間の欲という、既に見慣れたものの指紋でベタベタに汚れたありふれた街だった。
君だって、来るまでに薄々気づいていたはずだ。
新聞の切れ端を使って、霧よりも実態のない夢や希望なんて不確実なものを煽るような広告は、大抵、外道なリアリストの釣り餌でしかない。
頭の中がピンクと花畑で取り返しのつかないくらい一杯になっていなきゃ、どんな腐った脳でも気づける話だ。

ところがなんの因果か、君はそれに乗って来てしまったんだから、仕方がない。
よりにもよって、ヘマこいて死んだばっかりの俺の尻拭きに補充されたなんて、そこらの家なしよりも可哀想に思うよ。

…なんだって?君には選択肢がこれしかなかったって?
いいや、もっといい選択肢は他にあったはずだ。君は選択に失敗したんだ。

……失敗したから、クソみてえな人生を終えたクソみてえな幽霊にこうやって絡まれながら、そいつの死体を目の前に、途方に暮れてるんだろ?
こんなはずじゃなかった、なんて思いながらな。

まあしかし、来ちゃったもんは仕方ない。
後悔ってのは、取り戻せないから後悔っていうんだ。
どれだけ失敗を悔いようが、失敗を認めないでいようが、現実からは逃れられないのだから。

それに、その新聞のスクラップを見て来たんなら、君の選択肢は、考え方によっては、あながち大失敗とはいえないかもしれないしな。
何はともあれ、君は今までとはまた別の世界に足を踏み入れたんだ。

ようこそ、まだ見ぬ世界へ!

6/28/2025, 7:03:36 AM