【こぼれたアイスクリーム】
「あっ」
ぼろ。べちゃ。コーンの上のアイスクリームの半分ほどが地面に落ち、無様な音をたてた。
「あちゃあ、やっちまったぜ」
言葉で強がりつつ、バッグの中からティッシュを取り出す。…と。
ぼたっ。
「…」
まずは深呼吸。…。端的に状況を説明すると、コーンごと落とした。おそらきれい。
「かなし」
「おねえちゃんかなしいの?」
「お」
視線を下に落とすと、男の子がこちらを見上げていた。わたしは百八十を超える長身なので、ほぼ真上を向いている。わたしは屈んで男の子に答えた。
「ん。かなしいの。見なよコレ、このアイスわたしんなのに。一口も食べてないのに」
「そっかあ、それはかなしいね」
「分かってくれるかあ、優しい子だね」
この賞賛は心底のものだった。しかし男の子はじいっと地に落ちてやや溶けたアイスを見つめている。無視か無視だな? 傷ついちゃうぞ。などと思っていると、おもむろに背中に背負っていた恐竜リュックを探り始めた。…忘れ物に気付いたのか? あるよなあ、突然忘れ物んこと思い出すこと。アレもかなしいよな。訥々と考えながらアイスクリームの処理をする。この辺ゴミ箱あったっけ。
「おねえちゃん、」
「ん?」
「コレあげる」
そう言って差し出されたのはキーホルダーだった。丸いバニラアイスとチェック柄のコーンの、小さなキーホルダー。わたしはそれに見覚えがある。
「コレガチャガチャのじゃん? いいの」
「ん」
「悪いよ、きみが大事にしなよ」
「往生際が悪いぞ」
「どした急に」
「…かなしい気持ち、なくなった? 嬉しくなった?」
わたしはパッとびっくりした。…なんて子だこの子。
「ふ。ほんとにいいの。もらっちゃって」
「! いいよ」
「そんじゃあ遠慮なく。ありがとうね」
言いながらバッグを膝の上に乗せ、キーチャームに取り付ける。可愛いな、わたしコレ狙ってたのに出なかったんよな。
「アイス落として良かったー」
「それはない」
「それはそう」
8/12/2025, 7:19:52 AM