それは、いつのことだったか
誰から聞いたのかさえも
忘れてしまったのだが、こんな話がある
皆一様に芽吹きを心望み、
若木が逞しく大木へと育つのを期待していた
しかし
若木には心があり、優しすぎた
自分の足元に
芽を出した名も無き雑草たちが、大木へと育てと自分を見守る者たちに蹂躙される
ひどいときは
小さな雑草たちが、自分のために引き抜かれ
祈りを捧げられるときに
容赦なく地面にのめり込まされる
それでも
小さな草たちは芽吹く
まるで
心優しい若木を守るように何度でも顔を出す
小さな雑草たちに守られながら
中木になった若木は
必要な場所だけ地面を残され
あとは草が生えぬよう整地されてしまった
手入れがされていないと判断され
地面から芽吹いた小さな雑草たちは
こまめに抜かれる
もう芽吹くことも
許されない小さき草たち
若木だった木は涙を流すように
葉を茶色に染め、
はらり、はらりと散らし始める
いままで
守ってくれていて、ありがとう
強く根を張り、君たちを守りたかった
さいごに
捧げられていた祈りの力で
君たちが生きていけるようにする
その日の
草木も眠る丑三つ時
若木だった木は、
勝手に蓄積していた力で雄叫びをあげる
地面は割れ
魔を呼び寄せる
さあ
今のうちに芽吹く用意をして
夜明けと共に
前人未踏の地を作らねば
…だけど、ごめんね
ほんの少しだけ残った力で
生き残った罪もない者たちに
命を繋いでいけるだけの実はつけるよ
その時だけは、
踏みつけられても許してほしい
若木だった木は力を振り絞り
すべての葉を実に変え、
早くも芽を出しかけた小さな草に託した
そして
夜明けと共に
命からがら逃げてきた人々の目の前には
もう
雑草とは言えない巨大な茂みと、
たわわに実をつけた草花、
それと朽ち果てた木があったそうだ。
「鬼の木伝」
2/19/2024, 1:00:57 PM