「やあ、タケシくん、ご機嫌いかがかな?」
「誰だ!?」
タケシが8歳の誕生日にもらったおもちゃで遊んでいると、部屋に知らない男が入ってきた。
タケシは驚き、不審な男から距離を取る。
「勝手に入ってくるな!
ボクの部屋だぞ」
「そんな事を言わないでください。
呼ばれたから来たというのに……」
「お前なんか呼んでない!」
タケシは男を睨みつける。
しかし男は意に介さず、微笑むばかり。
そのことが、タケシを苛立せる
「お前は一体誰なんだ!
お母さんの友達じゃないだろ!」
「おっと失礼、自己紹介がまだでしたね。
お初にお目にかかります。
わたくし、『風邪』でございます」
「風邪だって!?」
タケシは驚いた。
風邪の事は、絵本で読んで知っていた。
風邪とは、人間を苦しめる悪い奴だ。
けど目の前の男は、絵本に書かれたものとは大きく違う。
『男は自分が何も知らないと思って、からかっているのだ』
タケシはそう思い、鼻で笑う。
「おかしな事を言うやつだ。
だいたい風邪なんかが、なぜ僕の所に来るんだ」
「心当たりが無いと?」
「全然無い」
「では、お教えしましょう。
あなた、最近手を洗ってませんよね?
ああ、うがいも……」
タケシは心臓がドキドキした
男が言っている事は本当だったからだ。
なぜ男はそんな事を知っているのか?
タケシが聞く前に、男は答えた。
「なぜ知っているのかという顔ですね。
それはもちろん、わたくしが風邪だからです」
男はニヤリと笑う。
「普通の方は、手洗いうがいをして、わたくしを追い返します。
わたくしは嫌われていますからね。
ですがあなたは違った。
玄関まで来た私を、快く受け入れて下さいました」
「違う、受け入れてない!」
「ですが手洗いはしなかったでしょう?」
「う、ぐ。
いいから帰れ!」
「そうも行きません
私は風邪です。
こうして中に入った以上、当分居座らせてもらいますよ」
男はそう言うと、床に座る。
「ママー」
「呼んでも来ませんよ」
「来る!
絶対来る!」
「来ませんよ。
タケシ君は、何度お母さんに言われても手を洗わなかったでしょう?
そんな君に、お母さんは愛想を尽かしてどこかに行ってしまいました」
「そんな……」
始めは男の言うことを無視していたタケシ
しかし、全く来る気配のない母親に、男の言うことが正しいと思い始めた。
「そこまで落ち込むことはありませんよ。
キミのお母さんがいなくても、わたくしがいます。
だから仲良く――」
「そこまでよ!」
女性が、乱暴にドアを開けて入って来る。
その女性は、タケシの母親――キョウコだ。
それを見て、タケシは叫んだ。
「ママ!」
タケシは、泣きながらキョウコの元へと走り寄る。!
「待たせたわね、タケシ。
寂しい思いをさせてごめんね」
キョウコは、タケシを優しく抱きしめる。
その尊い光景を、男は悔しそうに見た。
「馬鹿な!
お前は仕事で、家にいないはず!
なぜここにいる?」
「ふん、そんな事も分からないの?」
「何!?」
「そんなの、休んだからに決まっているでしょう!」
「くっ」
キョウコの迫力に、男が一歩後ずさる。
明らかに男は、キョウコに怯えていた。
「さあ風邪よ。
年貢の納め時よ」
「ふん、簡単に殺されてたまるか!」
男は決死の覚悟で、キョウコに襲い掛かる。
だがキョウコは、怯えることなくあるものを辺りに振りまいた。
「げえ、苦い!
まさか、これは!」
「そう、にがーい風邪薬よ。
風邪よ、滅びよ!」
「ぎゃああああああ」
◇
「こうして、わるーい風邪は、苦しみながら消えていきました。
めでたしめでたし」
「面白かった」
パチパチパチ。
響子が話し終えると、武史が拍手をする。
武史は、熱が出て赤い顔でオデコには冷えピタが貼ってある。
さらには体を冷やさないため何枚も厚着をしていた。
ゴミ箱は鼻水を噛んだティッシュでいっぱいであり、典型的な風邪の症状だった。
そのため、響子は武史に薬を飲ませたいのだが、頑なに飲まない。
だから知恵を振り絞り、響子は自作の物語をきたせたのだった。
そして反応は上々。
これはチャンスだと感じた響子は、ここぞとばかりに畳みかける。
「だからタケシ、その悪い風邪を治すためにも、少しだけ苦いお薬飲もうね」
出来る限り優しく微笑む響子。
それを見たタケシは、満面の笑みで答える
「飲まない」
12/17/2024, 1:41:16 PM