『どこ?』
リビングのソファで寝そべってネトフリを見ていたら、何やら扉の向こうから、ばたばたと慌しく廊下を踏みならす足音がこちらに向かって近づいてくる。
なんだなんだと半身を起こし、足音のする扉の方へ視線を送ると、凄まじい勢いで扉が開き、これまた凄まじい顔をさせた妻が姿を現した。
「ねえちょっと!あたしのスマホどこにやったの??」
「はぁ?」
凄まじい顔とは一体どんな顔をしているのかを説明をすると、仕事終わりの束の間の休息に安らぐ俺の精神が底なしにうんざりしてしまうので、今は割愛させてもらう。
と言うか、もう既に俺はうんざりしてしまっている。
何故なら妻はたった今、スマホを隠した犯人があたかも俺だと言わんばかりの物言いをしたからだ。
「なぁ、お前の右手に握っているものは何だ?」
「んん、右手?」
妻は自身の”左手”を顔の前に持ち上げて、そこに何も握られていない事を確認すると、再び凄まじい顔をさせた。
「ねぇ!あたし何も握って無いんだけど!!」
「俺は右手に握られているものは何だと言っているのに、どうして左手を確認するんだよ!」
「だってあんたから見て、あたしの右手は、あたしの左手でしょう?」
「あー、なるほどね」
あらかじめ俺は妻の視点に立って、妻の右手を指したつもりだったのだが、妻は俺から見た視点を考えて、俺から見た右手を確認してくれたらしい。
どうやら変にお互いを思い合ってしまったせいで、互いに視点がすれ違ってしまったようだ。
妻はこの状況がさも不愉快だと言わんばかりに顔を歪めていたが、俺はどこか愛おしさのようなものを感じていた。
もうかつてのような恋心は残っていないのかもしれないが、
長い時間を共にした事で育まれた関係値によって、
俺たちは無意識にお互いのことを考える事が出来るようになっている。
「すまん、悪かったな。なら左手を確認してみてくれ」
「うん、分かった」
妻は挙げていた手を下ろしたが、
次の瞬間、信じられない事に妻は”妻から見た左手”を確認し始めた。
「ちょっと、何も握ってないんだけど!!」
「だっる」
「ねぇ!ねぇ!あたしのスマホ、どこ??」
3/19/2025, 4:41:02 PM