理想のあなたは、たとえばコーヒーを飲むとき、カップの取っ手を左手で持つ。なぜかは知らない。もしかすると本人も知らない。ただそうしている。そういう理由のない細部を、いくつもひそかに持っている人だ。
理想のあなたは、私の言葉の末尾がうやむやになっても、おおむね正しい方向へ補完してくれる。翻訳機じゃなく、受信機みたいな人。ぼんやりした電波を、ちゃんと音楽として聞いてくれる。
理想のあなたは、笑うとき少しだけ声が遅れる。おかしいと気づいてから笑顔になるまでの、あの数秒のラグ。そこにはっきりと、人間がいる。
理想のあなたは、返事がすこし遅い。既読がついてから、しばらくして届く言葉には、どこかで一度立ち止まった気配がある。それが好きだ、とここで言ってしまうのもどうかと思うが、事実そうなので仕方ない。
もちろん理想だから、現実にはいない。いないはずなのに、たまに喫茶店で見かけたような気がして、振り返ると知らない人の背中だ。それで帰り道、少しだけ歩くのが速くなる。
理想というのは案外、会いたい誰かの輪郭じゃなくて、あなたが誰かに向けたかった、自分の輪郭なのかもしれない。
5/21/2026, 2:07:48 AM