夏の気配は、白色をしていた。
それは照りつける太陽光の色であり、君が纏ったワンピースの色であり、僕の失恋の色だった。
【手繰り寄せたい夏の気配】
夏が来るな、と僕が何となく思うタイミングと、君が春服から夏服に衣替えをし、真っ白なワンピースをはためかせながら教室に入るタイミングは面白いほどに一致していた。教室にはまだ長袖に身を包んでいる人も少なくない中、ノースリーブのそれは妙に涼しげに映って、思わず
「夏ですもんね」
と声をかけてしまった。
「夏ですからね」
君は笑って言った。
涼しそうでいいな、と思ったのはその時が昼間だったからで、下校する時に偶然鉢合わせた彼女は、表情に出さないようにしていたが明らかに寒そうだった。まだ夏は気配だけで、彼女を助けられるほどしっかりこの世に根を張っていたわけではなかった。思わず
「夏前ですもんね」
と声をかけてしまった。
「夏前ですからね」
君は苦笑して言った。
「明日は、春用の服で来た方がいいかもですね」
翌日はさらに寒くなると天気予報で知っていたのでそう言ったが、
「でも、夏の気配はもう来ていますからね」
と、君はあっさりと返した。明日も同じような服装で来るな、と直感した僕は、お節介と思いつつも
「気配がするだけで、すぐに来てくれるわけじゃないからなあ」
と、さりげなく暖かい格好で来るよう誘導してみる。
「だからですよ」
君は笑って言った。
「夏の気配がしたら、思いっきり夏っぽい服を着て、夏っぽいものを食べて、夏っぽい曲を聴くんです。そうして、夏に『来ていいんだよ』って言ってあげるんです」
彼女は、夏を待っていた。僕が目を惹かれた装いは、夏を歓迎するためのものだった。
何となく。本当に何となくだけど、君が待っているのは夏だけではないのだな、と納得に近い思いがあった。「来ていいんだよ」という響きが、ただ季節に向けるにはあまりに優しすぎたせいか。白に映える薄紅色の頬が、恋する乙女じみていたせいか。
「……夏が、お好きなんですね」
それは想像にしか過ぎなかったので、確実にわかる事実だけを口にした。
「ええ。一年で、一番好き」
――それ以来、君に話しかけることはないまま学校を卒業し、僕らはそれぞれの進路に進んだ。僕は今でも、夏の気配が世界に忍び寄ると、あの白色を思い出す。そして、夏の訪れを歓迎するように麦茶をグラスに注いで一気飲みしてみたりする。
6/29/2025, 7:09:59 AM