真夏の記憶
真夏のある日、僕は倒れた。
原因はよく覚えていない。
薄れゆく意識の中で誰かが僕に必死に声をかけ続け、介抱してくれた。
僕を抱きかかえた腕は逞しく、「大丈夫ですか?」と言う耳に残る妙に艶っぽい低い声だけを覚えていた。
彼の介抱のおかげもあり、僕はすぐに退院した。
病院の人に聞いても「名乗らなかったから、わからない。」と言われ、結局お礼を言えずじまいだった。
それから1年後、真夏のある日。
暑くてフラフラして倒れそうになった瞬間、後ろから抱き留められた。
覚えのある逞しい腕と「大丈夫ですか?」と言う耳に残る妙に艶っぽい低い声。 1年前、僕の命を救った彼だと直感した。
「ありがとう、ございます。…あの、変な事聞くんですけど…1年前も助けてくれましたよね?」
「1年、前。」
「あれっ、違いました?すみません。」
人違いをしてしまったかと急いでその場を離れようとする。
「勘違い、なんかじゃないですよ。」
「……え?」
「あー、いえ、忘れてください。あ、でも忘れる前に一言だけ、俺はずっとあなたを見ていました。好きだから。でも、あなたは俺に応えてくれない。だからまた、あなたの記憶を消します。あなたからの愛は受け取れなくても、あなたに触れられるだけで俺は幸せだから。」
そういうと、彼は僕の額に手を当てた。
全身の力が突然ガクンと抜けてその場に倒れた。
薄れゆく意識の中、僕は彼の腕の中に抱かれた。
8/12/2025, 11:55:48 AM