秋月

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雨が降っていた。
「……ばか。何で置いてくんだよ……」



事の始まりは、今からどれ程前の事だったか。たったの一年かもしれないし、十年は経っていたかもしれない。それぐらい、曖昧な始まり方だった。

最初の頃は立場の違いで敵対していて、出会う度に戦うような関係だった。それから暫くして、立場が大きく変わって敵対する必要がなくなって、……何を思ったのかそいつは俺の事をよく構った。
自分の始めた仕事の話の時だって勿論あったが、六、七割は食事や遊びの誘いだった。街中でたまたま会ったりすると、忙しいくせに寄ってきて、ほんの少しの間他愛もない話をした。
……自分でも、自分に愛想がないのは分かってたから、どうしてそんなに構うのかが不思議で、聞いてみたことがある。

「なぁ、どうしてこんなに構うんだ、俺の事」
「どうしてって……。そりゃ、あんたの事が好きだからだぞ、と」
「からかうな!」
「怒んなよ、悪かったって」

あんなにやけた顔で言われても説得力なんて無くて、からかわれただけだと思ってた。何となくモヤモヤしたけど、どうしてか何て分からなくて。
暫くの間忙しくて、顔を見ることも出来なかったのは、心の整理によかったのかもしれない。……それで、考えて、考えて、ちょっと相談なんかもして、あいつの事が好きなのかもしれないと思った。
そんなときだ。忙しさが落ち着いたらしく、久しぶりの誘いがあったのは。

そわそわして、ちょっとだけいつもと違う服を着てみたりして(気づいてもらえた)、食事を楽しんだ。
少しいい店だったから、仕事がよほど大変だったのかな何て思ったりしてたら電話が鳴った。あいつの電話だった。不機嫌そうな顔でちょっと出てくると席を外した後ろ姿を何となく見ていると、よっぽど嫌な話でもされたのか電話相手に怒ってるのが見えた。それで、戻ってきたそいつが真剣な顔をしてたから、どうしたのかと思ったら。

「悪い、急な仕事が入っちまった」
「そうなのか、じゃあ……」
「すぐ済むから、話聞いてくれないか」
「え、うん」
「……俺は、お前の事が好きだ。嘘とか、冗談じゃない。本気だ」
返事を、しようと思ったけど、「帰ったら聞くから、よく考えといてくれよ、と」なんて言われてしまっては、頷くしかなかった。

一週間もあれば終わる。そう、言ってたのに。

一週間経って、二週間経って、一ヶ月が経った。……あいつが、仕事先で、海に落ちて行方不明になったと聞かされた。探したけど、見つからないと。
どうしてだ、諦めるなよ、ふざけるな、言いたいことはたくさんあった。でも、教えてくれたそいつに、言ってもしょうがないことだった。

仕事で、街から街に、山を越えて海を越える度に、この何処かに居たりしないだろうかと辺りを伺った。何の成果もなかったが。



「まだ返事、言ってないのに」

4/16/2024, 4:04:48 AM