誰も知らない秘密
あ、今日もや。
読んでいた本から顔を上げる。椅子に腰掛ける音と荷物を置く音。ここ最近、この旧図書館で私の隣に座る人物の音。と言っても、本棚が間にあるので隣に座る人物が私に気づいているかは分からない。
新図書館が開館してから、生徒たちはもっぱらそちらへ流れていく。明るく開放的な場所へ。そんな中、高校生活3年間が終わろうとする今、馴染みの旧館へやってきてしまうのは、寂しさからなのか、新しい生活への不安からなのか。3年間、一人になりたい時はいつも来ていたこの図書館。一人だと思っていたのに、どうやらここ1ヶ月ほど私の特等席の隣にいつもやって来る人物が現れた。
隣の人物は、本の隙間からこっそり覗いて男だということはわかっている。手元は見えないので、何を読んでいるかは分からない。学年も…マフラーを外さないのでネクタイの色が見えず、分からない。無理もない。休館は、空調設備がすでに稼働しなくなっており、窓辺のここ以外、寒くて仕方がない。日向ぼっこしながら読書するには快適だが。
話しかける訳でもなく。話しかけられる訳でもなく。
静かな時間だけが流れていく。
「あの、もう下校時刻やけど」
「ふぇあ!」
眠ってしまっていたようだ。変な声が出た。顔がカッと熱くなる。
「え…。なんで?」
「なんでって、隣におったやん。ずっと」
「うそ…」
「教室でも隣やのに、気づいてなかったん?」
「うん、本読むタイプじゃなさそうやし…」
うん、まあ…と曖昧に答える彼は、同じクラスのずっと片想いしていた彼だ。親友にも話してない、私の好きな人。1ヶ月隣にいて気づかなかったなんて。
「帰るで。音楽終わりそう、ヤバい」
下校の音楽が終盤だ。確かに早く出ないと。
「ほら、早く」
と、手を強く引かれる。
「ちょっと、待って」
そのまま、手を引かれるまま椅子から立ち上がる。
「今日で、最後やから。ここ」
旧館の扉の前で立ち止まった彼はそう言った。
「でも、これからも俺の隣で本、読んでてくれる?」
2/8/2025, 5:11:13 AM