池上さゆり

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 それは忘れたくても忘れらない光景だった。
 家中に響いた両親の悲鳴で目が覚めた。まだ五歳だった私はなにも考えず、両親の部屋へ向かっていた。走り回る音や、物が落ちる音などが響いていたのに、突然音が止んだ。両親の部屋のドアをノックしても反応はない。恐る恐る開けてみると、部屋中に血が飛び散っていて、両親は床に倒れていた。父が母を庇うようにして死んでいた。
 そして、窓際にはレインコートを着た高校生ぐらいの男の人が今にも飛び降りようと構えていた。
「なんだよ、終わったと思ったのに。てか、ガキがいるなら先に言えよな」
 直感で自分も両親みたいに殺されるのだと思った。だが、彼は「まぁいいや」とだけ言って出て行った。
 そこからどうなったのかはあまり覚えていない。気づけば、あの顔を忘れらないまま、あの時の男と同じくらいの年齢になっていた。
 そして、高校の帰り道。二十代半ばぐらいの男に声をかけられた。俺を覚えているか、と。当然、記憶になく否定すると彼は笑った。
「じゃあ、これでも見れば思い出すか?」
 そう言って取り出したのは、亡き両親の死体の写真だった。暗いせいもあり、鮮明には映っていないが、それでもあの時の光景だとわかる。激昂してその首を捕えようとしたが、すぐさまかわされて後ろから締め上げるように両腕を掴まれた。
「なにがしたいの! 今度は私を殺しにでも来たわけ!?」
「そうじゃねぇよ。お前を誘いに来たんだ」
 そう言って、私の腕を離すと今度は耳元に近づいてきた。
「俺を殺してくれよ」
 状況が理解できないまま黙る。
「俺の代わりになる人材を探しているんだ。お前は俺に恨みがある。俺が特訓してやるから、強くなって俺を殺してくれよ」

 この日から私は殺し屋として生まれ変わった。

10/18/2023, 8:20:32 AM