「特技はなんですか」
昔からその質問が嫌いだった。自分をアピールすることは苦手ではない。趣味だって数多くある。人並みには出来ることだってそれなりには。けれど'特技'そう問われると口が重くなる。
誰かに自慢するほど特別な何かは持っていない。自分より秀でた人がいるものを特技と言えるほどの傲慢さや自信はない。
『物事を多方面から眺めることです』
用意していた答えを,事実になりきらない真実を本当のように見せること。嘘ではないことを信じさせること。それは苦手ではない。
明確な嘘をつかないで,望む方向へと誘導する。欺瞞に充ちた不誠実な行為。
……そもそもこの質問に大した意味などないけれど。
『思考停止せずに冷静に,客観的に考えること。答えを一つに絞らず要素ごとに捉え直すこと』
ほら。さも立派な事のように聞こえる。ただの揚げ足取りの捻くれ者が。
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「言葉遣いも返事も行動も完璧。これなら本番も大丈夫」
『ありがとうございます。なにか直すべきことはありますか?』
方にはまった言葉に,セオリー通りの回答。本当にくだらない。人間性がとかいう採用方法もその練習も,仮面を纏う己も。
本音などありもしない。建前とお世辞と演技の世界。きっと互いに何もわからない。
誰もが自分を隠し偽りながら生きている。それが社会というものでそこに疑問も異議もない。
けれど,やはり虚しくはなる。自分を見てほしい。言葉だけではなくて,上辺の振る舞いではなくて もっと深い臆病な心の奥を。
なんて言うわけもないけれど。
そんな我儘言えるわけがない。
'特技' 考えることもなく言える何かがあるのなら,もう少し楽に生きれたのかな。
本当は,誰よりも自分の特技を知りたいのは ガラスに反射して歪に微笑む自分だと。そう知っていたから。
『特技 なんて嫌い』
テーマ : «誰よりも»
2/16/2023, 3:02:20 PM