雨露にる

Open App

花壇にまた花が増えている。
薄青の丸っこい花弁が可愛らしい花だ。またなにかあったのだろうか、と花壇の主を探してぐるりと視線を巡らせる。春風に染められたような色合いのチューリップが群れ咲く向こう側、こちらに背を向けてしゃがみこんでいる小さな姿が見えた。おおいと声をかけると、一拍置いて振り返る。頬に泥がついている。
「おはよう。また新しい花を植えたのかい」
「おはよう。そうなの、いいことがあったから」
小走りに寄ってきた彼女に頬を指さして見せれば、瞬いたあと、はにかむように目を伏せた。軍手をはめた手の甲で拭おうとするのをそっと止める。それでは余計に汚れかねない。ハンカチでやわらかな頬に触れてから、少し不躾だったかと思い様子を伺ったが、彼女は気にしていないようだった。ありがとうと微笑みかけられ、どういたしましてと返す。そっけなさの混ざったそれが照れ隠しであると彼女にわからなければいいと思った。そらした視線の先で、名前も知らない薄青の花が揺れている。
「……いいことって、今度はなに? まさか前みたいにおみくじで大吉が当たったからとかじゃないよね」
「違うよ。いいことっていうのはね、……うーん」
ふふと彼女が笑う。日に透けて明るく光る毛先が風に踊り、気を取られたその一瞬で彼女が身を翻した。
ひみつ! 跳ねるように言って、駆け戻っていく。反射的に伸ばした手を力なく下ろして、はあとため息をついた。こうなったら意地でも教えてくれないのはよく知っている。作業に戻った彼女はもうこちらのことなど意識の外に追いやってしまったようで振り向きもしない。超えられない花壇を見下ろして、彼女の「いいこと」はなんだろうと思う。ここ最近はとみに植えられる花が増えてきた。その花々の言葉がすべて恋にまつわるものなのは、偶然ではない。きっと。

(お題:何気ないふり)

3/30/2023, 2:41:44 PM