柔らかな風が枝を揺らせば、薄く色付いた花びらがさあっと舞い散った。地にもあたたかい日差しをそのまま吸い込んだ様な黄色や白の小さな花々が芝生の中にぽつりぽつりと顔を出し、柔らかな風に揺られている。
命が芽吹き、花開く季節。今年もまた、春が訪れた。
住宅地にほど近い公園は休日であれば家族連れで賑わう場所だ。今は平日の朝ということもあり人の姿はほとんど見当たらないが、それは人間に限った話。公園のあちこちでは甘い蜜を求めて蜂や蝶、小さな鳥たちが飛び交い、各々がお気に入りの花に挨拶をするように顔を寄せている。
そんな公園の一角、他のものと離れてぽつんと生える桜の木に一匹のメジロが飛んできた。
メジロはひらりとその木に降り立つと、すぐに辺りを見回し始める。まるで誰かを探しているかのようにきょろきょろと首を動かしていれば、背後からガサガサと葉が揺れる音。振り返れば、メジロよりも少し大きな身体のスズメがぴい、と声を上げた。
「やあ、メジロくん。去年ぶり」
「やっぱりスズメくんも来てたんだね。ほら、幹の近くに白いお花が落ちてたから」
そう言ってメジロが視線を向けた先には、付け根ごと千切られた桜の花が落ちている。少し濡れた茶色い土の上、花びらに混じってぽつぽつと落ちている様は、溶け残った雪の跡に似ていた。
「相変わらずスズメくんは蜜を吸うのが下手っぴなんだね」
「仕方ないよ。ぼくのくちばしは、メジロくんと違って太くて短いもの」
小さな嘴を趾の方に向けしゅんとするスズメを見て、メジロはくすりと笑う。
「どうしてしょんぼりするのさ。君がお花を咥えて蜜を吸う姿は、人間さんに大人気じゃないか」
「メジロくんだって、どんな葉っぱやお花にも負けない綺麗な緑の羽が、素敵だって言われてるじゃない」
褒め合いっこをしてお互いの顔を見た途端、どちらともなしに笑い出す。一頻り笑えば、またどちらからともなく口を開いた。
「ねえ、スズメくん。今年の蜜も甘いかい」
「うん。甘くって、ちょっとだけ酸っぱくて、とっても美味しいよ」
「ふふ、良かった。今年の冬は長かったから心配だったんだ」
「寒さに負けないように、いっぱい栄養蓄えてたのかもねえ。ぼくもちょっぴり太っちゃったもの」
そう言いながらスズメは自分の腹周りの毛繕いをする。冬の名残のふわふわの羽毛に嘴が埋まりむぐむぐと動く様子がどこか面白くて、メジロは思わずチチ、と声を出して笑った。
「そうだ、スズメくん。ここに来る前にね、人間さんたちを見かけたよ。みんな黄色い帽子を被ってて、大きいたんぽぽが歩いているのかと思っちゃった」
「きっと〝がっこう〟に行くんだよ。前にツバメさんが教えてくれたんだ。春になると小さい人間さんは〝がっこう〟に行っておべんきょうをするんだって」
「うへえ、おべんきょう。人間さんも大変だねえ」
舌を出し嫌そうな顔をしたメジロに対し、スズメはこくりと一つ肯いた。
「でも、それが終われば楽しいこといっぱいあるんだって。だから頑張っておべんきょうしてるみたいだよ」
「そっかあ、だからあんなににこにこでぴかぴかしてたんだね」
「うんうん、人間さんもお花と同じくらい春らんまんだ」
そう言うとスズメは花を一輪ちぎって蜜を吸い始める。メジロもそれに続いて、傍に咲く小さな花に嘴を差し込んだ。ちうちうと少しずつ蜜を吸えば、蕩けるように甘くて少し酸っぱい、春の味が広がった。
【春爛漫】
4/11/2023, 9:27:50 AM