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特別な夜


時々、昔の夢を見る

まだ私が幼かった頃

顔を真っ赤に赤らめながら弁当を渡す女子学生

渋々受け取るが、また、困った顔をしている

何か言おうとする度に物凄い速度で逃げられるからだ

「すみません、今戻りまし…」

「なんですかその目は」

「別に〜」

師匠と呼ばれる女がこちらを見ながらほくそ笑む

「いやぁ…若いっていいねぇ……」

「揶揄うのも良い加減にして下さい…私は女ですよ?」

そそくさと帰ってきた彼女はサポーターを身につけてパッパと弓を構え、定位置に着いた

バンッ、と音が道場内で響き渡り、放った矢は的の心臓を刺す

「そういえば、最近来ていないね」

「…なんて言ったかな、苗字忘れちゃったけれど髪の赤い男の子だよ」

そんな奴が知り合いにいたか?、と

少し頭を巡らせると思い出す

中高一貫で同じのクラスメイト

仲が良いわけではないが

会ったら少し話し合う程度の知り合いだ

「あぁ、赤城ですか」

「…彼奴は多分…忙しいんだと思います」

「好きなのかい?あの子のこと」

何も返事が返ってこない

師匠は様子を伺うが

矢は完璧に的を得ていた

ちょうどその時聞き慣れたチャイム音が流れ出した

「(もうそんな時間か)」

そう思いながら片付けをするが、師匠がなりふり構わず足音を立ててズカズカとこちらへ向かう

「何してんだ?」

半分クラウチングスタートポーズの体制になった彼女を不思議そうに見つめる

正直言って、何かをする前に要件を言うのはやめてほしい癖だ

「何って…床拭きを…」

「そんなのしてる場合じゃぁない」

「新作が出たらしい。食べに行くぞ」

「天ぷらカレーうどん」

「袴で食べるものじゃないと思うんですが」





少し古びた扉を開けると優しそうな面立ちの店主が出迎えてくれる

店内は漆喰でできた質素な壁で天ぷら屋というよりかはうどん屋と言った方が近い

「いらっしゃい。待ってたよ」

天ぷらは好きだが、特別天ぷらが好きというわけではないので、天ぷら屋に来るのは決まって師匠に連れられる時だ。

少し店奥にあるカウンターへ2人は座った

「はい、お待ち」

そう言って出されたのは

新作の天ぷらカレーうどん

「なんで分かったんですか…というかメニューはうどんに変えたんですか?」

店主はシワができた顔で微笑んだ後、口を開いた

「今日限定だよ。特に君たちのね」

「こう付き合いも長いと横に座っている彼女の考えも、手に取るようにわかるもんさ」

皿を片付けながらそう言う店主を横目に、師匠は夢中で天ぷらを食べている

本当に師匠もここが大好きなんだろうな…

私もいただきます、と手を合わせて頂点にドン、と乗っかった天ぷらを口に含む

すると、たちまちして芯の内から暖かくなっているのを感じた

「どうだ、ここの店の天ぷらは美味いだろう」

「う……は゛…い」

何度も聞き慣れたセリフ

天ぷらが焼きたてで暑いのと、目に煙が入ったせいで涙が出てくる

「ゆっくり食べなさい」

そう言った師匠は妙に優しくて、違和感を感じた









「…そう…だ、…雪………話…し…う……」








「………………?」

















「大丈夫か?」

「え?あぁ…はい」

師匠に言われ視界のピントが合う

少しぼーっとしていたようだ

彼女は、改めて師匠の方へ向く

相も変わらず天ぷらを貪っており、店主に追加の注文をしていた

店主は予知していたかのように数ぴったりの天ぷらを差し出す

見慣れた光景

間違ってない

頭の辺りがズキズキと痛むのを感じた




























部屋で目が覚める

身体を起き上がらせたと同時にガチャリと何かを開ける音が聞こえた

「遅刻するわよ、早くご飯食べて行っておいで」

手に持っているのはオタマ

扉奥の方から微かに味噌汁の匂いがする

横を見ると誰もいなかった

あれは…夢

妙にリアルな夢だった、考える暇もなく身支度を済ませて家を出た

外を出歩くと路上ではサラリーマンや学生が朝の通勤ラッシュがスタートしつつある

そんな中、1人の男が私に話しかけた

「おはよ」

日本では珍しい、赤色の髪をしたこいつの名前は赤城

どうやらハーフでもないらしく、多分染めているんだろう

校則的にはアウトだが

少しきつめな坂を登ると学校が見えてくる

門には厳つそうな面立ちの先生が仁王立ちで立っていた

「お前ら…今日も当たり前のように遅刻しよって……!絶対に今日は通さんぞ!」

そういう顧問の先生からは“絶対通さない”という意思の固さが見て取れる

「大体なんだその髪は!学校を舐めているのか?」

「何回も言うようですがこの髪は地毛で……」

「なら証拠を出せ証拠を!地毛証明書はあるのか?」

「いえ…」

ほうらハッタリだ、そう言いたげな先生の態度に少し腹が立つ

そもそもこの学校は中高一貫なのだから私がこの髪が地毛なのは知っているはず

その上で叱っているのだ

ああ、イライラする

ターゲットが私に変わった途端、赤城はうまく先生の背後に周った

「(あいつ…逃げる気か)」

光に反射して光るものが目に映った

「ブフッ…」

先生は茹蛸のように真っ赤になって風に飛ばされたカツラを取りに行っている

赤城と私は後ろから聞こえる声を無視して門の中へ入り、じゃあな、と赤城が一方的に別れを交わした



1/21/2024, 2:32:25 PM