俺の趣味はフリーマーケット巡りだ。
と言っても、普通の物には興味がない。
俺の目的はただ一つ、ひっそりと売り出されている『思い出』である。
俺は『思い出』が好きだ。
肉と一緒に炒めて食べると最高にウマいのである。
中身によって、甘かったり、辛かったり、しょっぱかったり……
一度経験したらやめられないね。
けれどなかなか手に入るものではない……
だって普通は、『思い出』なんてものは大切に取っておくもんだ。
だから売り出される『思い出』の絶対量は少なく、それゆえに価格は高騰した。
そこに目を付けたヤクザが、借金のかたにと無理矢理売らせる事が多発。
すぐに社会問題となった。
政府は規制に乗り出し、厳しい審査を経て免許を受けなければ売れなくなった。
そのため高い価格がさらに高くなり、今では大富豪しか買えない金額まで暴騰した。
こうした経緯の中、無免許の『思い出』の売買は犯罪になった。
しかし売る方にもいろいろ事情がある。
たとえばオーソドックスにお金欲しさ。
大事な『思い出』ほど高く売れるので、お金目的の売買は多い。
しかし基本的に専門業者が買い取る場合が多いので、規制の影響は少なかった。
そして理由はもう一つ。
これこそが俺の狙いなのだが、実は大切な『思い出』を処理したがっている人間が一定数いるのだ。
どういう事かと言うと――
おっと『思い出』を売っている奴を発見した。
誰かに先を越される前に、買い占めてしまおう。
俺は他の人間に注目されないよう、平静を装って、けれど素早く店の前まで歩く。
その店は、入り口からは気で見えない位置にあり、隠れるように店が開かれていた。
そして店主である男の前に並べられているのは、たくさんの『思い出』。
当たりだ!
俺はごくりと唾を飲み込む。
俺はまるでお菓子を吟味するように、しゃがんで『思い出』を一つ取って眺めてみる
その『思い出』は、親し気な女性とデートをしている物だった。
恋人なのであろう、恥ずかしそうに手を繋いで楽しそうにしている。
なんて甘酸っぱい思い出。
いいね!
これを唐揚げにかけたらウマいんだよ!
口の中でよだれが止まらない。
いいぞ!
俺は目の前のお宝に興奮が隠せない。
これこそが俺の目的、そして売る側のもう一つの理由である。
普通なら、ずっと胸にしまっておく恋人との『思い出』。
これを売り出す理由はただ一つしかない
恋人にふられたのだ。
フラれた恋人との『思い出」をすぐに処理したがる人間は少なくない。
しかも早めに処分したいのか、価格は安い。
そんな『思い出』を俺のような貧乏人が、安く買い上げる。
WIN-WINの関係。
世の中はよく出来ている。
俺はそのまま買い占めて、何でもない風を装いながら出入り口へと向かう。
その時だった。
フリーマーケットの出入口が、なにか騒がしい事に気づく。
俺は無性に嫌な予感がし、出入り口の様子を伺う。
「ここで違法な『思い出』と取引があると通報がありました。
みなさん捜査のご協力をお願いします」
嫌な予感が的中した。
やつらは『思い出』を守る警察、『思い出警察』。
見つかれば『思い出』は没収され、関係者を逮捕する極悪非道な奴らだ。
逃げないと!
だが俺の不審な様子を目ざとく見つけたのか、警察こっちにやってくる。
なんてこった。
せっかく見つけた上物の『思い出』を取り上げられてしまう
大慌てで入り口の反対側に逃げ、境界を仕切っているヒモを飛び越えて逃げる。
警察も俺を追ってヒモを飛び越えてくるのが気配が分かる。
警察は何やら喚きながらこっちに向かってきた。
きっと『止まれ』とか言っているんだろう。
だが止まるわけがない。
俺はこの『思い出』でグルメを楽しむんだ!
絶対に逃げ切るぞ!
◆
俺は痛む腕をさすりながら、家のリビングで食事をとっていた。
あのあと転んでけがをしたものの、無事に逃げ切ることが出来た。
だが、買い占めた『思い出』をすべて落としてしまったのだ。
骨折り損のくたびれもうけとはこのことだろう。
もう少しだったのに。
その思いが、俺をいっそう落ち込ませる
俺は何度したか分からないため息をついて、料理を食べる。
その料理は、『思い出』をつかってないのにしょっぱい味がした
11/19/2024, 1:55:05 PM