書き始めたら、とても長いストーリーになってしまったので、前後編に分けて一挙に投稿します。
かなり長いですが、よかったら最後までどうぞ。
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タイトル【風織人のタクト(前編)】
風は多くを語らない。風はそれぞれに『なりたい形』をもっているが、自然に身を任せることしかできない彼らは、風織人の力を必要としていた。
風織人の少年タクトは、街の入口で近づいてくる小さな竜巻に手を伸ばした。
竜巻がほどけて糸になっていく様を思い浮かべる。くっきりとしたイメージが頭の中に描かれていく。
それなのに、近づいてくる風は全くその姿を変えず、タクトの横をただぐるぐると回っている。
「糸になって、お願い!」
タクトは両手を広げ、竜巻を食い止めようとするが、風はざわめき、指先の間で暴れるばかり。
竜巻はタクトの形を拒み、辺りの空気を裂くように街に向かって突進した。
「待って!行かないで……!」
そのとき、タクトの背後から父の静かな声が響いた。
「タクト、下がっていろ」
父は竜巻に手をかざし、ひらりと腕を翻す。
「いま止めてやるからな――」
父が告げると、竜巻は父の指の動きに合わせ、筋をほどかれるように、なめらかに広がっていく。そして薄い布のようにふわりと地面に落ちて静かに流れていった。
その様子はまるで、風の絨毯のようだった。
タクトはただただその光景に息をのむしかなかった。
父は優しくも鋭い目でタクトを見る。
「タクト。お前にはまだ風の『なりたい形』が見えていない。風は決して人間を傷つけたいわけではないのだ。風の形を見定められるようになりなさい」
タクトには去っていく父親の背中がとても大きく見えた。
街の外れにある解体予定の廃駅で、タクトはひとり膝を抱えでうなだれていた。父親の言葉を頭の中で何度繰り返しても、一向にはっきりした形を結んでくれない。
「ねぇ……教えてよ。君たちは、本当はどんな形になりたいの……?」
思わず漏れた声はどこに届くでもなく、虚空に消えていく。
――助けて……。
ふと、風の泣き声が、タクトの耳元を小刻みに震えながら通り過ぎていく。風があんなふうに震えるのを、タクトは初めて感じた。
泣き声の出どころはホームの下にある通気穴だった。線路に降り、壁にある小さな穴を覗き込む。
真っ暗な穴の奥に、小さな石ころが挟まっているようだ。風の泣き声は石ころの向こうから聞こえてくる。
「通れないの?」
声をかけると、風の声はまた小さく震え、小石の隙間から冷たい風が細い音を立てる。タクトはなんとなく、この風が怯えているのを悟った。
「大丈夫。僕は傷つけないよ」
タクトはそっと通気穴を塞ぐ小石を取り除いた。
石が外れた瞬間、小さな風はふわりと流れ出て、タクトの前でぼんやりと人の形をまとった。
「……ありがとう。ボクは……ソラ。君は本当に人間なの?」
ソラは怯えた様子でタクトを見上げる。
「パパが人間は怖いって。人間は風の通り道を塞ぐから……」
ソラが小さな手を伸ばし、ホームの片隅に置かれた『地下埋め立て工事』の看板を指し示す。
「パパを……助けて」
「うん、分かった!」タクトは迷わず言った。「その代わり、君の『なりたい形』を僕に教えて」
ソラは少し考えて、小さく揺れた。
「ボクに……ついてきて」
廃駅の階段を降りていくと、辺りの空気は淀み、さらにずんと重たくなった。ソラは人の形を保てず、その輪郭は道を進むほどに綿のように丸くなっていく。
「ボク、……ここにくると、力が抜けちゃうんだ……」
開けた場所に出ると、ソラはとうとう動かなくなってしまった。
「どうすれば動けるの?」
タクトが尋ねると、ソラは丸いふわふわの体から小さく指を差し出す。小さな木の扉を指し示す。
「あの鍵穴を通りたい……」
「わかった、やってみる!」
タクトは手を伸ばし、ソラの体に触れた。
すると、ソラはタクトを拒むことなく、綿のような体が指の間を抜けて糸のように細く紡がれていく。
「すごい……、こんなの初めてだ」
タクトは驚きながら、小さな喜びをこぼした。
糸になったソラは小さな鍵穴に吸い込まれるように流れていく。
――ガチャリ。
鍵の開く音がして、木の扉がギィと軋んだ音を立てた。
「タクト、早く。パパが待っている」
扉の隙間から、冷たさの中にほのかな温かさを含む、強い風が流れ出てきた。
タクトは迷いなく、扉に手をかけた。
#君と紡ぐ物語
#風織人のタクト #前編
タイトル【風織人のタクト(後編)】
タクトは糸のように流れていくソラの後を追い、やがて切り立った谷にたどり着いた。
「パパはあの先にいる」
ソラは谷の向こう側に見える石の扉を指し示す。
眼下にはるか遠く見える谷の底は深い闇に覆われている。ソラが谷を通り抜けようとすると、その細く軽い体は闇に負けるように舞い上がって散ってしまう。
「ボクがもっと大きければ、谷に散らずに向こう側まで行けるのに……」
「君は――布になりたいんだね!」
タクトは迷わなかった。タクトの頭には、ソラの『なりたい形』がありありと想像できた。
ソラの細い体を指の間に通し、広がりを支えられるよう大きく編んでいく。やがてソラは大きな布へと姿を変えた。
「タクト、一緒に行こう」
空が差し伸べた手を取って、タクトはソラの体に飛び乗った。タクトの体がふわりと谷の上に舞う。
谷の間を抜けながら、タクトはソラに話しかける。
「僕、ソラがどうなりたいか分かってきたよ」
「ボクもタクトになら体を預けられるよ」
谷を越えたソラはタクトを降ろすと、スルスルとその指の間に滑り込んで、タクトの体を纏うように服へと姿を変えた。
「これでいつでも一緒だよ」
ソラは嬉しそうに笑った。
石の扉を抜けた先には、穴を塞ぐようにコンクリートの壁と、『立入禁止』と書かれた鉄の扉が立ち塞がっていた。
「……ソラか……?」
壁の向こうから小さく野太い声が響いた。
「パパ、助けに来たよ!」
ソラが叫ぶとタクトの体も大きく揺れた。
「でも……、この扉は固そうだし、鍵穴もないみたい」
ソラは出会った時のように震えていた。自分のなりたい形が分からずに怯えているようだった。
タクトは目を閉じ、耳をそばだてる。
――手を貸しましょう。
淡い声が聞こえた。谷から流れてきた風だった。その声はどんどんと数を増し、タクトの周りに溢れ始める。ソラもその声に気づき、大きく身を震わせた。これまでとは違う、温かい震え。
タクトは風の声にそっと手を伸ばした。
谷の風が指の間に入り込んでくる。細い糸の風が幾重にも折り重なり、強く太い綱に変わり、再びタクトの指をすり抜けながら、タクトの体よりも大きな手袋の形に編まれていく。
「タクト、すごいよ……」
ソラがタクトの体をするりと離れ、風の流れに加わった。太い綱の一筋となって、手袋の中に編み込まれていく。
「ありがとう、みんな――」
手袋の中からソラの声が響いた。
「お安い御用だ」
「助けたくてウズウズしていたぞ」
「ソラが連れて来る人間なら安心だ」
風で編まれた手袋は、大きく広げられた手のひらでコンクリートの壁をグイグイと押していく。その度にソラの父を助けたいという風の声が、タクトの耳に流れ込んでくる。
「あともうちょっと。せーので押すんだ!」
ソラの声で、手袋の輪郭がはっきりと浮かび上がる。
「せーの!」
勢いよく壁を打ち付けると、ピシピシ――と壁に亀裂が走った。タクトは思わず拳を握る。
その時――、風の手袋がグンッと大きく揺れた。指が握り込まれ、タクトの握った拳のように形を変える。
「僕の……形……」
タクトはより強く拳を握りしめ、大きく振り被った。
「いけぇぇぇ!」
風の拳が壁に向かって打ち付けられる。亀裂は大きく壁を裂き、瓦礫が吹き飛んだ。崩れた壁の奥に続く洞窟の奥から強く澄んだ風が流れ出る。
「パパ!」
ソラが手袋からするりと抜けると、風の塊はふわりとほどけ、ザワザワと喝采に似た音を立てながら自然の中に散っていった。
「ソラ、よくやったな」
ソラの父が優雅に舞いながら声を響かせた。ソラがタクトに身を寄せ、風を揺らす。
「タクトのおかげだよ」
「風織人か。いい友を見つけたな」
ソラは父の言葉で恥ずかしそうに笑う。頬を撫でる風がくすぐったくて、タクトも一緒に笑った。
それからというもの、タクトのそばにはいつもソラの姿があった。風の噂でタクトの功績が広まり、街には多くの迷った風がやってくるようになる。ソラは風の声をタクトに伝え、タクトが風を助けるたび、風もまたタクトを育てていった。
そんなタクトとソラの姿を、二人の父親の背中が優しく静かに見つめていた。
#君と紡ぐ物語
#風織人のタクト #後編
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🙇
12/1/2025, 4:39:08 AM