いろ

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【開けないLINE】

 LINEの一番上にピン留めした、兄とのトークルーム。疲れた身体を引きずって狭い自室に戻るたびにうっかり開きそうになるのを、必死に自制する。
 日本を出る前、最後に交わした会話は、売り言葉に買い言葉みたいな激しい喧嘩だった。唯一の生きた肉親である兄は、私のことを自分の娘みたいに思ってる。たいして年齢も変わらないのに歳上ぶって、ちゃんと大学を出なさいなんて真っ当なお説教をしてくる兄のことが気に入らなくて、大嫌いと怒鳴りつけて家を飛び出してしまった。
 そのまま仲良くなったパティシエに電話して、兄の許可も得ずに海外へと渡ってしまったのだから、「疲れた」なんて愚痴をLINEで吐くわけには絶対にいかなかった。師匠が兄に連絡はこまめに入れているから、兄だって私が連絡をしなくても余計な心配はしていないはずだ。
 兄に連絡するのは、私が一人前のパティシエになれたとき。いつか、私が作ったケーキを兄に食べてもらう。そうして「美味しい」って笑わせてみせるんだ。
 師匠からお墨付きをもらうまでは、このLINEは開かない。その決意を固め直して、私はレシピノートを確認し始めた。

9/1/2023, 10:12:10 PM