放課後に君は金魚になる。
普段優等生をやっている君は、毎週金曜日、地味なブレザーを脱ぎ捨てて、たっぷりのレースがあしらわれたワンピース姿になるのだ。血管のように透ける赤いそれは、風が立つたびにふわふわと舞い上がる。ちょうど真昼の揺らめきに溶けてゆく、金魚の尾びれみたいに。
塾から家に帰る途中、街中でそんな君をみかけた。
夜のネオンに照らされて、君は男の人といた。父親かと思ったけれど、また別の日にみかけたときは、違う男が隣にいた。けたたましい人工の光のなかで赤いレースはゆらゆらと光って、暗い水中に滲んでいくみたいだった。
「エンコーしてんでしょ」
「バレたら退学だよね、あれ」
もはやクラスで知らない者はいないらしい。そこはかとなく囁かれる好奇の燻りの渦中にあって、君は目立つことをやめない。学校で何度か声をかけてみようとも思った。でも、いつも君の周りだけ切り取られたみたいに浮いていて、その瞳は薄暗い水面を見上げて漂っている。水槽の隅に沈む観賞魚のようだとも思った。
君の家は土地持ちで、お金に困るような生活はしていないはずだ。勉強もできて容姿もいいし、毎週の習い事をたくさんこなして何でもできる。
なのに君は孤独な金魚だ。
隠す気のない派手な姿を、まるで周りに見せつけるようにして雑多な街並みを泳いでいる。どうしてそんなことをしているのか、きっとこれからも聞けない。
チャイムが鳴り終わり、今日も君は誰よりはやく帰宅する。ネオンの海にゆらゆらと揺れて、君の赤い尾びれは夜の孤独と一体になりにいく。その心を誰にも知られないまま。
放課後に君は金魚になる。
10/12/2023, 9:18:22 PM