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「心の灯火」

似ているなと思い遠巻きに見ていた。確信してからはすぐに行動した。高校のとき1年だけ接点があった。3年の俺と1年の彼女。

ちょっとドジな子だった。自販機の前で百円玉を落として途方に暮れていたから百円玉をあげた。ただそれだけ。上履きの色を見なくても新入生だとわかる。初々しい。前髪が短くてくっきりとした少し太めの眉が印象に残った。

生徒会長だったから見られることには慣れていた。あの子もいつも俺を見ていた。だからかな、球技大会や文化祭であの子を見かけるとつい目で追ってしまう。ジャージの刺繍から「須藤」という苗字だけわかった。

学年が違うと校内で偶然に出会うことも少ない。行事以外では購買などでたまにすれ違うだけで、そのまま卒業し、会うこともなかった。でもなぜかあの眉が忘れられないでいる。

仕事で訪れた見本市会場でたまたま「須藤」という名札を下げた、眉に特徴のある彼女。ブースの外に出てパンフレットを配っているところをつかまえた。半ば強引に連絡先を交換した。

須藤よ、許してくれ。高校を卒業してからもずっと付き合っていた彼女に振られたばかりなんだ。結婚まで考えていたのに今さら他の男がいいだと!ふざけるな!俺の8年を返せ!と、怒りが湧いてどうしようもない。

そこに須藤が現れたんだ。俺と目が合うとびっくりして固まっていたが、ふっと表情がゆるんで笑顔になった。暗闇だった心にぽっと火が灯った。

メッセージを送ったがまだ既読にならない。仕事が終わらないのか?俺なんかが連絡して迷惑だったか?いや、内容がまずかったのか?小さい男と思われた?でも彼女なら必ず
返してくれる。

「あの時の百円、今返して」

9/3/2024, 8:19:03 AM