入社して3年。
私には憧れの人がいた。
その人はいつも白い清潔なシャツを着こなし、手首にはどこかのブランドの時計をつけていた。通勤カバンもシックなデザインで無駄がない。
仕事も卒なくこなし、取引先からも評判が良かった。
新人歓迎会のあの日。
あの人は気軽に私に話しかけてくれた。
お酒のせいか良い香りがした。
その日、私とあの人は終電近くまで職場に残っていた。
新人のミスをあの人がかばい、そして残業。
人が良いにも程がある。
私とあの人はある程度仕事を終わらせ、駅までの道を並んで歩いた。
「月が綺麗だね」
あの人が呟いた。薬指がキラリと光った。
「…知ってますか。夏目漱石の言葉…」
小さく呟いた言葉をかき消すように「旦那さん、今日は早く帰れてよかったですね」と少し早口気味に言った。
彼女は、「たまには、俺に任せろ!って張り切ってたから残業できちゃった。旦那には感謝だね」と笑顔を見せた。
彼女と駅で別れたあと、空を眺めた。
確かに月が綺麗だな。ぼやけてよく見えないけれど綺麗だ
明日も彼女に会える。私はそれだけで充分幸せだ。
2/23/2023, 1:35:58 PM