薄墨

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1年。
たった1年の差だった。

ほんの1年、産まれるのが遅れただけ。
それだけだったのに。

「それじゃあ、また1年後だね」
そう笑い合ったのに。

パキパキと、よく分からない雑音が、遠くで聞こえる。
目の奥がぎゅっと滲む。
折り重なった落ち葉と小枝が、乱雑に敷き詰められている。
埋もれるようにして、あなたの鞄のキーホルダーが落ちている。

さわさわと木の葉が揺れる。
遠くで鳥の鳴き声がする。

肩にかけた通学カバンが重たく食い込む。
あなたは何処にもいない。
風だけが、傷口を抉るように優しく通り過ぎていく。

キーホルダーの奥。
鳥居が、まるで口を開けて待つ怪物のように、ひっそりと聳え立っている。

鳥居からずっと続く山道の奥から、大人たちのざわめく声が聞こえる。
「1年後なんて、なかったんじゃん」
思わず、小さく呟く。

鳥居の奥には神様がいる。
人と引き換えに、願いを叶えてくれる神様が。

…今年は厳しい年だった。
感染症の流行で、観光客もいない。
出稼ぎもできない。
冷夏で、僅かな第一産業も酷い有様。

この村から出られない私たちが、出来ることはなかった。

私たちは“巫女”だ。
身寄りがなかったり、直接血の繋がった実の家族がいなかったり、家庭の問題で保護されていたり、とんでもない問題児で見捨てられた境遇だったり…。

そういう子たちはこういう緊急時には“巫女”となる。

巫女となって、願いを叶えるチケットになる。
歳の小さい子から、チケットになる一週間前にお願いされて、村を救うためのチケットになる。

1年。
たった1年の差だった。
昨日、私の誕生日を一緒に祝ってくれたのに。
その時には何も言わなかったのに!

「1年後なんて、なかったんじゃん…」
私は独りぼっちで、鳥居に向けて呟く。
「嘘つき」
あまりに弱々しすぎる自分の声が、情けなくなる。

「嘘つき…」
私の声は、ざわざわと囁く枝の中に呑み込まれていった。

6/24/2024, 12:53:53 PM