ふるきよき

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未明に。遠雷を遮ってサイレンの音。
古ぼけた鉄筋のアパート。203号室。角部屋。南西向。
出しっ放しのシャワーからむせ返る悪臭の湯気。

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故:木沢こずえ。享年:22歳。職業:ホステス。

自宅ユニットバスでの失血死。死後7日前後。自殺と断定。身体の一部は湯に溶け出し排水溝を詰まらせ原型留めておらず。

第一発見者:砂田まあや。木沢こずえの同僚ホステス。
数日前より連絡の途絶えた仏の身を案じ訪ねる。

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クリスマスの灯りに混じってサイレンの灯りが煌々と燃えたぎっている。やがて人集りで賑やいで色とりどりのテープが飾りつけられる。
雪よりも白い雷が降っている。

メリークリスマス。メリークリスマス。
雪よりも白い車が道を塞いで停められる。

かつて酒を飲み交わした荒い木目のテーブルに小さなクリスマスツリー。
別府土産のキーホルダー。
干からびたケーキと雪よりも白い錠剤の山。
雪よりも白い人の悲しさ。

後日。古ぼけた鉄筋アパート。203号室。賃借紹介にて特記事項。
心理的瑕疵:ホステスの心中有り。
下水管に詰まった身体の一部が未だ残留しウジが沸き上がるとのこと。

木沢こずえ。
数日までは誰ひとり覚えのない悪評が駆け巡る。
華奢な女ひとりでは決して出来そうにない悪事の数々が暴かれる。
死んで良かったと嗤う面々。
木沢こずえ。
自らを語ることなく。
ただ言われるがままに語られる。
醜女。泥棒女。売女。阿婆擦。乞食。片端。
本当のことは誰も言えない。
数日経ち、その名を語る者なく。
今は誰も他人。忘れたい他人。
この世に生まれつきいなかった他人。
赦されざる他人。
他人。他人。他人。
木沢こずえ。
今は、誰も他人。

2/26/2024, 4:38:27 PM