しぎい

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男を待ち続ける女の背中は、今まで老若男女のあらゆる背中を見てきた俺から見ても、最も汚く見えた。
その女は裸で寝台に仰向けに寝転びつつ、肩越しに振り向きはにかむ。

「あの人のことを刻みつけるように、できるだけ痛く彫って」

白い歯をこぼした笑顔は凄まじく綺麗なのに。
言われなくても、という言葉を口にする前に、俺は雪原のように真っ白な背中に申し訳程度の下準備を施したら、予告もなく針を刺した。
とたん、引き攣れたような声が狭いスタジオ内に響き渡る。
痙攣を引き起こしそうなくらいの痛がりように、いったん施術をストップせざるを得なかった。

「痛くしろって言ったのはあんただろ」

キャスターがついた丸椅子を、涙や鼻水まみれで情けない顔に寄せ、血が昇り真っ赤になった耳元で囁く。
すると息も絶え絶えな女がこちらを見て、懇願してきた。

「これじゃ持たないって。もっと優しく、ゆっくりお願い」

俺はそれを腕を組みながら見下ろす。私情が入り込んでいたのは否めない。それでもやはり「だめだ」と一刀両断した。

「なんでよ」
「奴を忘れないための手伝いなんて胸糞悪い仕事、俺がお優しくするかっつーの。手元が狂って心臓を一突きされたくなかったら、他のスタジオを探すんだな」

女が不満そうにむっと口を尖らせる。
上げかけていた上半身をまた仰向けにし、「串刺しにでもどうにでもしろよ」とぷりぷりと怒った口ぶりで言った。

怒れる背中からは葛藤のようなものが感じ取れた。しかし完全に拒絶されたわけではない。
針を手にしていた男は、女の背後で顔を緩めた。

「お前なら、そう言ってくれると信じていたよ」

6/22/2025, 4:36:56 AM