撫子

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 一度だけ、世界を捻じ曲げてしまったことがある。

 雪の降る朝だった。
 真白い道を歩くたび、歩調にあわせて、背中のランドセルの中身がガタゴトと音を立てる。それしか聞こえない朝だった。すっかり身体に馴染んだランドセルとも、もうすぐお別れ。そう思うと急に愛おしく思えてくる通学路の途中、公園の前を通ったときだった。
 そのとき、私はきちんと息が出来ていただろうか。

 圧倒的な白の中に、この世のすべての色と輝きを集めたかのような振り袖を着た女の子が、ひとりでベンチに座っていた。

 傘をさしていないにも関わらず、女の子の周りだけは雪さえ避けていく。
 そして、女の子は一心に手元に視線を注いでいる。そこにあるのは、朝焼けを編み込んだような赤々とした糸で、その子は黙々とあやとりをしているようだった。

「あなた……」
 つい声をかけてしまって、慌てて続きを飲み込んだが、女の子はすでに顔を上げてこちらを見ていた。ひどく驚いたように、瞳が揺れる。

 次の瞬間、背後で何かがぶつかる音が響き、続けて自転車が倒れるような、とにかく派手な音が連続して巻き起こった。
 ぼんやりと立ち尽くす私を見ていた女の子が、弾かれたように手元を動かしてあやとりを再開する。
 ここに居てはいけない、と理由もなく思った私は、逃げるようにその場を離れた。

 学校が終わり、家で夕方のニュース番組を見ながら、私はふと朝のことを思い出した。
「お母さん、今朝二丁目の公園のそばであった事故のニュースやらないね」
 事故? とキッチンから振り向いた母の、怪訝そうに寄せられた眉を見たとき、私の胸をなにかとてつもなく恐ろしい予感が駆け抜けて行った。
「今日近所で事故なんて起きてないよ? やめてよ、変なこと言うの」

 そうだよね、と言う以外に、私に何が出来たというのだろう?

(誰にも言えない秘密)

6/6/2023, 1:21:02 PM