「停電」
「だ、大丈夫かっ?」
「うん、大丈夫っ!」
「いてっ!」
彼女の声が聞こえたと同時に、思いっきり頬を叩かれた。
「あああ、ごめんね、ごめんね!」
思わずうずくまる。
いや、こういう状況の時ってさぁ……
ラブコメとかだと「きゃっ!」とか言って女の子が縋り付いてきたり、つまずいた拍子に互いの体が密着したりするもんじゃねぇの?
俺は叩かれた頬をさすりながら周囲を見渡した。
文化祭前日。
我が文芸部は、明日頒布するコピー本の製本作業が終わらず、こっそりと部室で作業をしていた。
下校時刻も日没時刻も過ぎ、数時間。
お互い言葉を発せず、夢中で作業に取り組んでいた。
すると、突然、電気が消えたのだ。
「やっぱり、これ停電してるよな」
目を凝らしても、何も見えない。
「ああああどうしよー」
「お、落ち着け」
不安そうな声をあげている彼女を抱き寄せ安心させてやりたいが、さっきのように無意識に攻撃されては敵わん。
とりあえず、何か明かりを……
そうだ!
「絶対動くなよ。じっとしてろ」
スマホが置いてあるはずの方向に向かって手を伸ばす。
かつん!
「うおわっ!」
ゴトッ!
どうやら手を滑らせ、机の上から床にスマホを落としてしまったようだ。詰んだ。
「大丈夫?すごい音がしたけど」
「ああ、気にするな。スマホ落としただけだ」
「スマホ……あ!」
暗闇の中、彼女の顔が浮かび上がった。
「ポケットに入れといて良かった〜」
彼女がスマホで周囲を照らす。
俺は自分のスマホを拾い、画面を確認。大丈夫、壊れてないようだ。
「どうする?」
「懐中電灯あったっけ?」
「わかんない」
「とりあえず、片方のスマホで照らして、もう片方のスマホの電源を落としてから探そう」
あーあ。
間に合うのかな、これ……
あと、こんな状況でふたりきりって……
「こういうのって、ワクワクするね!」
さっきまで不安そうにしていたというのに。
明かりを手にした途端、妙に楽しそうになっている彼女に思わず笑ってしまう。
無邪気な笑顔に、邪なことを考えていた自分を恥じる。負けだ、負け。俺の負け。
あぁ、こういうところが好きなんだよなぁ……
────暗がりの中で
10/29/2024, 5:31:35 AM