『君と一緒に』
高校時代、仲のよかったクラスメイトと、こじんまりとした同窓会を開くことになっていた。
俺自身は軽い飲み会の気分でいたのだが、同窓会が明後日に控えた今になって、規模が大きくなっていたことを知る。
参加者の中には当時の交際相手もいるようだった。
長年片思いをしていた彼女を妻に迎えて3年余り。
俺は彼女に同窓会に参加することを伝えていたし、彼女は俺を快く送り出そうとしてくれていた。
しかし、元カノが参加するとなると話は変わってくるだろう。
状況が変わり、俺は参加を取り止めようと彼女に事情を説明する。
「元カノも何人か来るみたいで……」
「何人かって……」
しまった。
動揺のあまり、正直に伝えすぎた。
案の定、彼女は眉を寄せながらソファの背もたれに体を預けて、天井を仰ぐ。
「そんな若いときから節操ないつき合い方してたわけ?」
「ぐっ」
高校2年生のときの夏休みに、俺は彼女に一目惚れをする。
あのとき、彼女には既に交際相手がいた。
幸せそうに笑う彼女を泣かせたり、浮気をさせるなんて俺にはできない。
横恋慕する勇気もなく、結果として、俺は彼女を諦めるために、何人かの女性と関係を持った。
俺なりに誠実に交際相手と向き合ったつもりだったし、いくらヤケになっていたとはいえ同時に複数、ということは誓ってしていない。
節操がない、とまで言い切られるのは腑に落ちなかった。
いや、こんなのはただの言いわけだな。
身から出た錆には変わりない。
年明け早々、不愉快な話を聞かせてしまった彼女には申しわけが立たなかった。
「すみません。飲み会は断っておきます」
「なんで? れーじくん、今日の飲み会、楽しみにしてたじゃん」
「それは、まあ」
料理も酒もうまそうな店だったから、楽しみにはしていた。
とはいえ、彼女を不安にさせてまで参加したい飲み会なんてない。
……の、だが……。
彼女が気にしているそぶりは全くなかった。
「それに、こんなドタキャンみたいなことしたら幹事に迷惑かからない?」
それどころか、もっともらしい正論で嗜められてしまう。
「それは、そうですが……」
は? なんで?
俺が彼女の立場なら発狂ものだ。
男がいる飲み会だけでも気が狂いそうなのに、俺がいないところで彼女と元カレが同じ空間にいるとか耐えられる気がしない。
というか、ちょっとくらい嫉妬しろ!?
澄ました顔であくまでも送り出そうとする彼女のクールな態度に、若干の切なさ覚えた。
彼女への愛が足りていないのだろうか、俺が知らないうちに高感度が下がってしまったのだろうかと不安に苛まれる。
ネガティブな思考を制御できずにいると、彼女が俺の左手を両手で掬い取った。
「虫除け」
薬指で光る結婚指輪を見つめたあと、すり、と頬に当てがわれる。
縋るような眼差しを受け、彼女が不器用に不安がっていることを察した。
「ちゃんとしてくれるんでしょ?」
「もちろんです」
頼りなく溢れる彼女の言葉に、俺は即答する。
ホッと口元を綻ばせて、彼女は俺の左手を離した。
「飲みすぎなければ、2次会とかも行ってきて大丈夫だから。本当に、私のことは気にしないで楽しんできてね?」
ワタワタと、少し照れくさそうに彼女は取り繕う。
俺はたまらずに彼女の体を抱き寄せた。
躊躇っていた彼女の腕が焦ったいほどゆっくりと俺の背中に回される。
一生、推す……!
絶対、推す……!
キュンキュンと胸をときめかせながら、俺は改めて、彼女を愛することを誓うのだった。
*
同窓会の当日。
程よく酒を入れつつも一次会で抜けてきた俺は、急いで自宅まで直帰した。
事前に帰宅の連絡を入れていたため、彼女が玄関で出迎えてくれる。
「戻りました」
「おかえり」
玄関先でのハグを受け入れた彼女は、意外そうにに首を傾げた。
「……って、全然酔ってないじゃん」
ハグひとつでどうしてそんな判断を下したのか甚だ疑問ではあるが、事実である。
彼女を不安にさせないように、写真を撮っては逐一、メッセージアプリに連絡を入れた。
うまい飯と酒の画像や、映り込んだ旧友の関係性だったりを伝える。
なるべく男同士で固まっていたし、これみよがしに左手を使って結婚指輪をアピールした。
「馴染みのメンツというわけでもありませんでしたし、ハメを外すような飲み方はしませんよ」
勧められた酒をかわしたり受け入れたり、不自然にならない程度に隙を見せずにやり過ごす。
自分のことは棚に上げて、酒に飲まれるような子どもじみた飲み方はしないと、念を入れて牽制もした。
「女の子たちの前でカッコつけたんだ?」
全ては彼女のためだというのに、どういう解釈をしたらそうなるのか。
彼女はワザとらしく唇を尖らせてふてくされた。
「ヤキモチですか? かわいいですね?」
彼女の意地悪な物言いがかわいくて、俺もつい同じ土俵に立つ。
「あ、本当に飲みすぎてないだけで、しっかりお酒はちゃんと入れてきたな?」
からかわれたことに気づいた彼女は、イヤそうに俺の腕から抜け出した。
「それにしても早かったね? 2次会は?」
いそいそとリビングに逃げ出す彼女を、上機嫌に追いかける。
「しますよ♡ これから♡ あなたと♡」
「は?」
エコバッグを掲げて見せると、彼女の頭上にハテナマークが浮かび上がったのが見えた気がした。
ポカンと瑠璃色の大きな瞳を瞬かせる彼女の目の前で、エコバッグに入っているリンゴの缶チューハイを取り出す。
「いや、こんな時間からお酒はちょっと」
「半分……、いえ、ひと口だけでいいんです」
普段から彼女が摂生していることはわかっていながらも、俺は俺の主張を押し通した。
「残りは俺が引き受けますから、少しだけ、つき合ってくれませんか?」
「う……」
雰囲気に流されやすい彼女は、俺があざとくお願いをすればある程度なら聞き入れてくれる。
押しつけるように彼女の目の前で差し出せば、ラベルを確認しながら缶チューハイを受け取った。
「3%か……」
アルコール度数を確認した彼女は、深くため息をついた。
プシッとその場でプルタブを立てた彼女は、乾杯の音頭もなく口をつける。
こきゅこきゅと、かわいらしい嚥下音を鳴らし、湿度のこもった目で俺を睨みつけた。
「こんなんで酔えるほど、かわいい体質してないからな?」
「かまいませんよ」
缶チューハイを持ったまま、彼女はソファに座る。
足を組み、ソファの背もたれに体を預けて、彼女は缶チューハイをあおった。
そんな彼女に俺もならう。
真横に腰を下ろし、その小さな体躯に甘えるために擦り寄った。
「酔ってほしくて飲ませているわけじゃありませんから」
「あっそ」
ローテーブルに置いたエコバッグの中から、缶ビールを取り出す。
ツンとした態度を崩さない彼女の缶口に自分の缶を当て、コチンと、軽く音をたてた。
1/7/2026, 9:26:27 AM