白糸馨月

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お題『この道の先に』

 スマホの録画ボタンを押して配信を始めると、テンションを上げた友達が慣れた様子でベラベラ喋り始めた。

「はいっ! 今日はですねー、最近噂の心霊スポットに行きたいと思いまーす! この道の先にいったいなにがあるのか。早速見に行きたいと思いまァースッ!」

 語尾がこなれているのが他のYoutuberなら気にならないが、友達が相手だとこうも共感性羞恥というものが湧いてくるものなのかと思う。
 それに今回行くのもただの何の変哲もない廃病院でどう考えてもなにも出ない。だが、友達は物音がするたびオーバーリアクションをとっておけば平気だって言ってのけている。
 呆れてモノも言えないでいる俺をよそに

「いっやー、しっかし周りになにもない! これが嵐の前の静けさってヤツでしょうか。こういうのがかえって、怖さが増すんだよねー! おぉっ! 見えてきました! あれが噂の廃病院です!」

 友達が一目散に走っていくので、その後を追う。視線の先はたしかに廃病院だが、白い外装がツタに覆われているだけでどうせとくになにもないんだろう、と思ってしまう。
 病院の前まで着くといったん足を止める。友達がニヤニヤしながら、急に小声になり

「では、なかに入ろうと思いまぁす。おじゃましまーす」

 と扉をゆっくり開けた。俺もそれに続く。あたりは静まり返っていて、なにもない。

「入口は、なにも変わった様子はありません。ですが……」

 と言いながら奥へと進んでいく。が、友達が足を止めた。予定では忍び足で進んでいくはずだったが、俺と友達以外にもう一つ足音が聞こえてきているのは気の所為ではないだろう。

「おい」

 振り返った友達の顔はまっさおだ。本当に恐怖におののいて震えている。

「俺の目の前にいるのはなんだ?」

 友達が指を差したので俺はその方向にカメラを向けた。それは、黒いもやがかかっていて何が何だかよくわからない。撮影しているスマホの画面にも映らない。友達がいるだけ。
 だが、次の瞬間友達が黒いもやに覆われ大きな叫び声を上げながらどこかへ消えていってしまった。
 突然のことに俺は思わず友達の名前を叫ぶ。だが、目の前には診察室へ続く廊下があるだけだった。
 カメラは回っている。俺は深呼吸して口を開いた。

「撮影係のヨシダです。今、大変なことになりました。信じられないかもしれませんがご覧の通り、ハヤトが黒いもやに覆われてどこかへ連れて行かれたようです。彼は一体どこへ消えてしまったのか、そのゆくえを今から探ってみたいと思います!」

 ヨシダは本名ではないが、いつも配信を見てくれている人には名が通っている。『ハヤトの相方』として。
 いつも俺は表舞台に出ず、友達がバカやっているところを動画におさめているのだが、今回はイレギュラーが発生している。
 正直、気分が高揚している。心臓の鼓動がいつもより激しく高鳴っているのは走っているからだけではないことを俺は自分で理解していた。

7/3/2024, 5:15:28 PM