池上さゆり

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 みんな、どこかに逃げてしまった。金のあるものは地球の反対側へ。ないものはどうせ死ぬならと、愛する人と自殺していった。
 僕はそのどちらにも属さなかった。人がいなくなると、街は廃っていく。街が人に生かされていたのか、人が街に生かされていたのか。今とはなってはもうわからない。残りものも少なくなったスーパーに立ち寄った。賞味期限が近かったり、腐ったりしてしまうものは袋にまとめてゴミ箱に移した。今日はなにを食べようかと店内を歩いていると、ボロボロになった姿で倒れている女の子がいた。見た目からして中学生ぐらいだろうか。久々に見た人の姿に驚いたが、声はかけなかった。この日はカップ麺を一つ手に取ってそのままかぶりついて食べた。
 次の日もスーパーに行くと女の子がいた。ぐったりとして床に倒れている。昨日と体勢が違うから生きていることはわかったが、近づく気にはならなかった。今日も通り過ぎようとしたが、こちらに気づかれてしまった。
「そこの方……助けてくれませんか」
 無視できず、足を止めてしまう。近づいて、目の前に立った。
「どうしたんですか。食べ物なら腐るほどあるでしょう」
「違うんです。目の前で両親が自殺してしまってから一人が怖くて仕方ないんです。傍にいてくれませんか」
 僕との境遇が似ていて驚いた。隣に座って自分の話をした。離婚したはずの両親がいつの間にか連絡を取っていて心中したこと。離婚の時に妹もいたが、その子とは母親に連れて行かれて以来会っていないこと。寂しさやショックよりも呆れの方が強かったこと。
「私も、似たような感じです。小さい頃に両親は離婚したみたいなんですけど、ずっと触れちゃいけない話題だと思って聞いてこなかったんです。でもお母さんが四人家族の写真をずっと捨てずに持っていて、お兄ちゃんが小さい時の顔しか知らないんです」
 似た境遇の人と、気持ちを分かちあえて嬉しく思っていた。それからは世界が終わるその日まで毎日一緒に過ごしていた。妹によく似たその子と一緒にいると気持ちが楽だった。
 だが、どんなに幸せに過ごしていても終わりはやってくる。ニュースで報道されていた通り、太陽はいつもよりもずっと大きく輝いていた。日陰なんて意味がないほど、地表の温度が上がっていく。精神的にも追い詰められていく中、出会った女の子と手を繋いで空を見上げていた。
 世界の終わりに君と過ごせたのなら、きっと死の苦しみにだって耐えられるような気がした。隣には妹とよく似た笑顔で彼女が座っていた。妹がこの子だったら良かったのに。最後に家族と過ごせたのならどれだけ幸せなことだろうか。その事実を確認できないまま、繋いだ手で苦しみを分かち合いながら僕らの人生は幕を閉じた。

6/7/2023, 2:20:40 PM