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怖がり──ちょっとしたことにも怖がること。
     また、そのような人。

怖がりな人の特徴──想像力豊か、トラウマがある
          小心者で気が小さい、etc。

…なるほど。
今夜は、怖がりから恐怖へ。恐怖の文字に触れず恐怖の心理に触れてみよう。
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深夜、人通りのない道を一人歩く。

──こんなはずではなかった。

疲労で霞む頭がぼやいている。

本来であれば、まだ明るい夕飯時に帰れるはずだった。
しかし、就業間近にまさかのトラブルが発生した。それだけでも肝が冷えるというのに、そのトラブルがさらなるトラブルを発生させるという、非常に笑えない自体となった。
トラブル処理に奔走し、何とか両方のトラブルを収めることは出来たが、この有り様である。
何が悲しくて、こんな真夜中に一人歩かなくてはいけないのか。

──こんなはずではなかった。

安月給の身では、駅近の物件に住むことは出来ない。
駅前商店街を抜け、住宅街を通り、寂寞の僻地といもいうべき場所に我が家はある。

かつての農道の名残りがある道は嫌に狭く、くねくねと蛇行を描く。自分はこの道が嫌いだ。特に夜は大嫌いだ。

疎らな街灯は手入れが行き届いていない為に薄汚れ、チカチカと不安定な明滅を繰り返している。

壊れたストロボの様な明かりに、今夜もまた古いホラー映画が重なった。

白黒不明瞭な世界に長い黒髪の女が一人立っている。長い黒髪の間から恨めしげにこちらを見つめ…。

なんていうものを思い出させるのか。
トラブル続きで疲れた脳ミソは、余計な事しかしない。

忌々しげに思う一方で、心臓がキュッと握りしめられたように苦しい。
心臓を庇おうとした指先も氷のように冷たい。

ドキンドキンと嫌に自分の心臓の音が響いている。激しい運動をしたわけでもないのに呼吸がままならない。
ゾワゾワとする背中も気持ち悪くて落ちつかない。

視界は、白、黒、白、黒。
壊れかけの街灯が、壊れたストロボの世界を連れて来る。

恨めしげな目をした女は確か、あの後…。

白黒に傾く世界で、無数の黒く冷たい手が、闇の中から現れた。

二の足、腹部、背中、そして、心臓。
絡みつき、臓腑を冷やしてもまだ飽きたらないその手は、深淵へと引き摺り込もうとしている。

そう自覚する理性の存在に気がついたのか、絡みつく手とは別に闇の中から新たな手が伸びてきた。

無数の手によって動けない体を前に、最後の砦を壊さんと黒い手が緩慢な動作でやってくる。

慈しむかのように頬を撫で、その手が目を覆った。

3/16/2024, 2:06:48 PM