日樫

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終わりにしよう

居酒屋での接待という名の飲み会で運転手をすることになり、その帰り道のことだった。

帰路の車中であの人の家の住所をナビに打ち込む間に、後部座席に乗り込んだ社長は寝てしまった。

私の車は後部座席よりも助手席の方がゆったり座れる。その助手席には今日の取引先のあの人が座っていた。あの人は後ろを見ると、「仕方ないですね、先に社長を送りましょう」と笑った。

社長を送り届けたあと、車内で二人きりだ。
かすかな好意を抱く相手とだからなのか、よく知らない人とだからなのか。まぁ、どちらもだろう。緊張がひどく指が震える。なにか喋らなければと頭が焦りだす。

私の引き出しなんてなにもないから喋ってもらわないと、沈黙になる。
相槌も気をつけないと、焦れば焦るほどどぎつい冗談を口走ってしまう。
あの人の話を聞いてるのか聞いてないのかよくわからないまま、目的地についてしまった。

あの人は酔いに染めた頬に、普段よりも砕けた笑顔で礼を言ってくれた。

車のドアが閉められて、軽く手を振り見送ってくれる姿が焼き付いた。

なんだか涙が溢れてきた。

終わりにしよう。
こんな卑屈な自分はやめよう。
私はあの人を好きになってしまった。
好きな人に嫌がられない自分になっていこう。


7/16/2023, 2:17:12 AM