ひとつだけ、ならば僕は―――
きっと運命だとか、オンリーワンだとか、そんな少女漫画的な展開はありえない。いや、実際言われたなら嬉しいかもしれないが付き合いたての浮かれてる時期しか通用しないだろう。
人は慣れるものだ。甘ったるいものに慣れて当たり前になって、いつか飽きてしまえばあとは消費するだけ。言葉が尽きて気持ちが冷めればシンデレラの魔法のように消えてしまう。
やたら感傷的でポエミーなのは見逃してほしい。だってあんなに好き好き言いながら浮気しておいて『本命はおまえ』とか戯言聞かされたら誰だって狂うでしょ。
私にかかった魔法はクソ野郎の浮気によって消え失せた。ロマンチックさの欠片もない。ガラスの靴も残さず粉砕して押しかけてきた家来ごと血祭りにあげてやるよ。
未だに鳴り止まない通知音に辟易しながら家に帰りたくない一心で繁華街を練り歩く。もう酒でも買い込んでちょっといいホテルでこの街ごとクソ野郎を見下してやろうか。
「あなただけしか愛せない」
もう、は??の一言である。
突然角から現れた若い男の子、たぶん高校生くらい、が大きな花束を差し出しながらいった。
何も言えずにぽかんとしていると、ごく自然な動きで私に花束を抱えさせて左手薬指に指輪をはめた。男の子は嬉しそうにふにゃりと微笑んで、尚もぽかんとしている私を連れて高級タワマンの建ち並ぶ区画へ迷いなく向かった。
そんなことがあってから数年後、成人してすっかり大人びた男の子は夫になっていた。
そして少し前に生まれた我が子とともに新緑薫る並木道を歩いている。木漏れ日に照らされはにかむ夫の笑顔は変わらない。どうして私だったのか、何度聞いても愛してるとしか返ってこなくて結局わからずじまいだ。
ただはっきり言えるのは、白馬の王子様はいる、ということだけ。昔がどうであれ、今は幸せだからもういいや。
―――あなたとの時間を、僕にください
「あなたとの約束だから、ね」
魔法などなくともあなたの側に。永遠に。
【題:木漏れ日】
5/7/2025, 2:16:49 PM