『傘の中の秘密』『約束だよ』『恋か、愛か、それとも』
恋か、愛か、それとも万引きか?
自身が経営するアンティークショップで、『中古の傘』コーナーに熱のこもった視線を向ける若い女性がいた。
かれこれ2時間ほど居座っており、懐に心配があるのか時折ウーンウーンと唸っていた。
わがアンティークショップでは、他の店よりも幅広い商品を扱っている。
そのうちの一つが、女性が見ている『中古の傘』なのだ。
けれど、ただ傘と言ってもウチにあるのは一山いくらのビニール傘ではない。
いわゆる高級傘と呼ばれる、ハイエンド物だ。
高級には高級なりの理由がある。
耐久に優れ、デザインが優れ、機能に優れる。
全ての点においてワンコインの物とは比較にならないのだが、その分お値段も張る。
一万ぐらいのそこそこ手ごろな物から、二十万と目玉が飛び出るような物まで。
安い価格帯でも若者が躊躇する値段だが、中古ならばいくらかハードルが低い。
そのため憧れの高級傘を手に入れるべく、熱心に物色する客は珍しくない。
万引きされる可能性もあるため目は離せないが、邪魔にならない限りは暖かい目で見守っていた
だがもうすぐ閉店時間。
そろそろ買うか買わないかを決めてもらわないと、店を閉めることが出来ない。
どうしたものかと考えていると、女性は突然「ヨシ!」と声を上げた
「店長さん!
これ会計して!」
「あいよ」
嬉しそうに笑みを浮かべる女性から傘を受け取り、カウンターに置く。
そして傘に付けた値札を見て、あることに気づいた。
「お客様、申し訳ありません。
これ売りものじゃないんですよ」
「ええ!?」
女性がショックを受ける。
無理もない。
悩み抜いて選んだ傘を売れないと言われたのだ……
納得がいくわけがない。
「売れないってどういうこと?」
「不良品なんですよ」
「不良品?」
「部品が壊れていのか、この傘は開かないんです。
捨てようと思っていたんだけど、忘れていまして……
とにかくこの傘は使えないんです」
「ああ、そういう事でしたか……」
女性は合点が言ったかのようにウンウンと頷く。
どんなに気に入ってても使えなければ意味が無い。
『直せ』と言われることもあるので、納得してもらって安心する。
しかし、
「買います」
「えっ!」
女性の口から出た言葉に耳を疑う。
不良品なのに買う!?
なんで!?
「それ不良品だよ!」
「大丈夫、大丈夫。
開かなくても問題ないし」
「問題大ありでしょう!」
「そもそもこれ、傘じゃないし」
「傘じゃない……?」
女性の持っている傘をまじまじと見る
傘じゃないと言うが、どう見たって傘でしかない。
開かない傘を傘と呼んでいいかは議論の余地はあるが、禅問答をしたいわけじゃあるまい。
「ああ、店長さんは本当にこれが何かご存じで無いのですね」
「お客さんは知っていると」
「ええ、この傘には秘密があります」
「秘密とは?」
「うーん、本当はダメなんですが、このままだと売ってくれそうにありませんね。
せっかくですし傘の中の秘密、ご覧に入れて見せましょう」
「本当は秘密だよ~」と聞の抜けた声で笑う女性。
何が始まるのかと思っていると、女性は傘の横にしてその先を自分に向ける
『どこかで見たことがあるな』と思っていると、
ドコオオオン
突如店内に大きな破裂音が響く。
そして顔の横を何かが掠め、後ろの棚にあった小物が粉々に砕けた。
突然の出来事に一瞬なにが起こったか分からなかったが、数秒ほどして傘の正体に思い至る。
「じゅ、じゅ、銃!」
「はい銃です。
傘に擬態した銃――仕込み傘ってやつですね」
どこかで見たか思い出した。
海外のスパイ映画である。
たしかこんなシーンがあった。
そして傘を向けられた相手は――
「スイマセン。
まさか弾が入るとは思わなくて、暴発してしまいました」
女性はペコリと頭を下げる。
どうやら殺されるわけではないらしい
どうやら今のは純粋に事故だったらしく、申し訳なさそうな雰囲気が漂っていた。
命が助かったことに、心の底から安堵する。
「それで、ですね。
これ売ってもらえませんか」
「え……」
「あの、これ代金です」
ドンという音と共に、カウンターに札束が置かれる。
それこそ映画でしか見たことが無いような帯で包んである札束だ。
その札束が計10個。
しめて1000万円である。
あまりの現実離れした光景に、その場に倒れそうだった
「あの、多すぎでは……」
「いえ!
普通の傘ならともかく、仕込み傘となればこれくらいします。
お金を出しても手に入るか分からないくらいの代物ですから」
「それでもこんなに頂くわけには……」
「……口止め料も含まれています」
「何分、日本では非合法なもので……」と付け加える。
なんと言っていいか分からないでいると、女性は傘を脇に抱え店を出ようとする
「まって、お客さ――」
「店長さん……」
とっさに引き留めようとすると、女性がくるりと振り向き優しく微笑んだ。
「ここで起こったことは誰にも言わないでね。
約束だよ」
微笑みの中に、とてつもない殺気を感じる。
約束を破ったらどうなるのだろうか……
間違いなく、よくない事が起こるに違いない。
何も言い返さないのを肯定と取ったのか、女性は満足そうな笑みを浮かべ去っていった。
姿が見えなくなって安心したのか、そのまま地面にへたり込む。
あの女性何者なのだろうか。
なぜ仕込み傘を買い求めたのか。
分からないことだらけだ。
でも一つだけ分かる事がある。
「秘密は暴くもんじゃない」
世の中にはたくさんの秘密があり、秘密なのには理由がある。
さっきは傘の中の秘密を暴こうとして死にかけた。
女性の秘密を暴けば、今度こそ命は無いだろう。
「店を閉めたら映画でも見よう」
なんでもいいけれど、傘がちゃんと傘をしている映画がいい。
そんな事を思いながら、店を閉めるのであった
6/8/2025, 5:52:59 AM