ゆんたろす

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-また明日-

少し前に彼女より先に起きて、朝食の準備をする。
コーヒーをサイフォンで淹れるのにも慣れた。
昨日の食器を元に戻しながらテキパキと準備を進めていると
2階から鳴る電話の音に気づく。
静かに急ぎ足で2階へ。布団を被っている彼女らしき物体に声をかけ、ぽんぽんっと軽く叩く。

「おはようっす。電話、鳴ってるっすよ」

唸り声とともに伸びる手にスマートフォンを渡した。
最近の俺と彼女のルーティンである。

彼女は“ヒーロー”という職業らしい。
ヒーローが職業?なんて最初は耳を疑ったが、テレビという映像を映す家電に映し出される彼女を見て驚いたのはここに来て数日後。
のそのそと布団から出る彼女に挨拶をし、1階へ。
目玉焼きと焼きたてのトーストを並べ、コーヒーを注ぐ。
テレビを付け、使い終わった食器を洗っているとこの家の家主が降りてきた。

『アモン、今日もありがとう…』

「いいえ、先にご飯食べるっすか?顔洗ってからにします?」

『ん…すぐ顔洗って食べる…』

「了解っす」

朝少し早く起き、家の仕事をすることは
ここに居候している身として、精一杯の恩返しだ。
そんなことしなくていいのに、と言われたが
彼女は1人で暮らしてはいけないくらい生活力が皆無の為やらざるを得ないということにしてやんわり押し通した。


一緒に席に座り食事を摂る。
朝の時間に今日の予定を話す彼女に穏やかな日常を感じる。
テレビでみる映像での彼女はキラキラ輝いていて、強くてかっこよくて、この生活がずっと続くと思っていた。


『た…だいま…』
「!!!?その傷…!!」

その日同じヒーローに抱えられ包帯ぐるぐる巻きで帰ってきた姿に、平和な日常などは無いと思い知らされた。

「お前が同居人か」
「は…はいっす…」
「こいつのこと…よろしく頼む。」

そう言い残すと、彼女の同僚らしき人は帰って行った。


『へへ…しくった』

「…ボロボロじゃないっすか…」

全身が包帯に覆われ歩くのがやっとの状態な彼女に朝の面影はなかった。
思わず涙が零れる。ここは平和な世界ではないのか、俺がいる世界よりも遥かに文明は発達しているのになんで。

『身近な人を泣かせるなんて…ヒーロー失格だね、…すぐ治して頑張るから…ごめんね』

「…!!」

力なく笑う彼女にはっとした。
彼女たちヒーローがいるからこの世界は平和に見えるんだと。
街の人たちを守ってるから、平和なのだと。
テレビの中のフィクションではなく、現実の世界だと。

弱々しい彼女を優しく抱えてベッドへ移動する。
一人で行けるよ、と言う彼女の言葉を軽く流し、寝かせる。
起き上がろうとする彼女を制して休むよう言った。

最初は抵抗していた彼女も、徐々に言葉が少なくなる。
疲れているのだろう。すぐに意識を手放した。

「また明日…」


俺が元の世界に戻るまでは、彼女と、彼女との生活を守ろう
と誓った日だった。

10/25/2023, 12:39:27 PM