「夢を見てたい」
目を瞑り深く息を吸う。そして浅い呼吸を繰り返す。
1日の疲れを少しずつ体の外へ出すように。静かで冷たい夜の空気を吸う。やがて視界が黒から白へ変わる。光に包まれる。夢の世界の入り口へと私は飛び立つ────。
目が覚めると、いつもの白い天井が見えてきた──のではなく私はドアが何千何万とある空間に来ていた。前にも後ろにも上にも下にも。色とりどりで多種多様なドアがある光景がどこまでも続いている。ここは現実でも夢でもない。私は今現実の出口と夢の入り口、つまり、その『間』(はざま)にいるのだ。だから『目が覚める』という表現も少し違う。1日を終えて、病院のベッドで眠りにつく。すると、私はいつもこの空間に来てしまうのだ。この『間』に来るようになったのは5年前で、最初、これはただの夢のうちの一つなのだと思っていた。だが、それが何日も続いていき、何度眠っても眠ってもここに来てしまう。おまけに、夢はすぐに忘れてしまうものなのに、昨日開いたドアはどんな色でどれぐらいの大きさで、どこにあるのかをはっきりと覚えているのだ。現実世界での出来事のように鮮明に。それは、前の日もそのまた前の日も同じことだった。そうしてこの『間』に来るようになって10年以上たった。
『ドアを開く』というのは『夢に入る』ということになる。現実世界で眠りにつき、この『間』に来て、無数にあるドアのうちの一つを開く。すると、夢の世界に入ることができるのだ。
私は少し前の方にある、ピンク色のドアのそばにきた。大きさは屈めば入れるぐらいの小さめのドアだった。金色のドアノブには桜の模様が彫られている。
今日はどんな夢を見るのだろうか。心が高ぶるのを感じる。しばし目を閉じる。浅い呼吸を繰り返す。気持ちを少し落ち着かせ、ドアノブを回す。すると光に包まれて、、、目の前には桜の木々が広がっていた。
どうやら公園にいるらしい。数人の子どもがきゃっきゃっとはしゃぎながら走りまわったり、すべり台やブランコで遊んでいる。そして、私は砂場にいた。目の前には小さな砂の丘ができている。そして丘をはさんでこちらに微笑みかけているのは、小さな男の子──いや、今の私から見ると、目線が高い。2歳ぐらい年上だろうか。シャベルを握りしめている自分の手を見る。とても小さな手だった。今回の夢では、私は16歳から5歳ぐらいに戻ったらしい。
「叶葉(かのは)、俺ね、、、」
目の前の男の子がこちらを見る。爽やかで優しそうな子だ。
「警察官になって、叶葉を守れるようになりたい!」
男の子が少し照れた表情で言う。
「じゃあ、私はパティシエになって、春陽(はるひ)においしいスイーツをいっぱい食べさせてあげる!」
口から勝手に声が出ていた。そして笑顔になり、再び口が開く。
「それでね、大人になってもずっと、春陽と遊ぶんだ!」
春陽───という男の子が驚いた顔をする。でもそれも一瞬で、すぐにもとの優しい笑みに戻った。
「うん!」
「鬼ごっこしたり、隠れんぼしたり、、。あ、でも春陽は警察の仕事で忙しいからずっとは遊べないね。」私が悲しそうに言う。
「でも、叶葉もパティシエになるんだったら修行しないといけないよ。」
どうしたものかと2人で悩む。すると、
「あ、じゃあ、指きりしよう!お互いに夢を叶えれたら、また一緒に遊ぼうって!」
私がぱあっと顔を輝かせる。
「うん、約束しよ!」
2人で小指を絡ませて指切りげんまんをする。
「「指きった!」」
あたたかな風が吹き、桜の花びらが舞う。私達は春につつまれた。
そこで場面が切り替わり、あの桜色のドアが目の前に現れ、パタンと音を立てて閉まった。そして、ドアが光に包み込まれる。やがて、光に包まれたドアはぱらぱらと星のくずのようになって消えていった。
また、場面が切り替わる。今度は白い天井が見えた。夢から覚めたのだ。今日の夢は幼馴染の春陽と砂場で遊んでいる夢だった。
「春陽、元気にしてるかな、、、」
静かな病室でぽつりと呟く。
“ドア”の向こうで見る夢には、必ず春陽が出てくる。そして夢の内容も、実際に現実で体験したことの通りだ。だから、私にとって夢は、春陽と過ごした大切な時間を思い出すことができるものだった。
春陽と初めて会ったのは、私が3歳のとき。まだ物心がついたばかりに、私の家の隣に春陽が引っ越してきてて、引っ越しのあいさつに春陽のお母さんと2人でうちに来た。そのとき春陽は5歳で、幼いながらに落ち着いた雰囲気を持っていて、お日さまのような優しい笑みを浮かべていた。家が隣ということと、彼の親しみやすい性格もあって、春陽と出会う回数も多く、お互いが打ち解ける時間は長くはなかった。お互い両親が共働きだったので、すぐ近くの保育園に一緒に行っていた。春陽とは年が離れていて、組も違うけど、お昼ご飯を食べ終わった後の外で遊ぶ時間はいつも一緒に遊んでいた。休日の日も、公園でたくさん遊んだ。
伸びをしたくなって、体を起こす。すると、はらりと目の前に何かが落ちてくる。私は咄嗟に手を出してそれをとる。
それは桜の花びらだった。薄ピンクで、小さく儚い。
窓を閉め忘れたのだろうか。カーテンがふんわりと揺れている。もう桜の咲く季節だ。確か、あの『間』に最初に来たのも春だった。カーテンを開けると、暖かな陽の光が病室を照らす。その光に目を眇めながら、あの頃の思い出に浸っていたのだった。
【未完】
1/13/2024, 2:09:25 PM